堕とされた母 ②

次の日。
「あれ?」 なにかに気づいたようすで、達也が佐知子の顔を見直す。
病室、朝の挨拶を交わした後に。
「……なに?」 何気ないふうを装って、佐知子は聞き返したが、
頬のあたりに微妙な緊張が滲んでいた。
ジッと見つめてくる達也の視線を避けるように、眼を伏せる。
「いや、いつもと感じが違うなって…」
「そ、そう?」 とぼける言葉が、自分でも空々しいと思った。
無論、達也のいう印象の違いの理由は、佐知子自身が一番よくわかっていた。
メイクだ。
仕事柄もあって、いつもはほんの申し訳程度の薄い化粧しかしていない佐知子だったが。
比べて、今朝はずいぶんと入念なメイクが施されている。
それは、佐知子としては、いたしかたない処置だった……朝、鏡に映した自分の顔を見て、佐知子は暗い気持ちになった。
目の下にクッキリと刻まれた隈。前夜の寝不足の痕跡だ。
ひどく目立っているように、佐知子には思えた。
仕事柄、急な徹夜なども珍しくはない。重篤な患者の担当となって、何日も短い睡眠で過ごすこともある。ただ、これまでは、そんな状況で自分がどんな顔をしているかなどと気にしたことはなかった。
だが、この朝には、どうしても、その些細な痕が気になって看過することが出来なかった。
いつもよりはるかに長い時間を鏡台に座って、日頃使っていないファンデ等も引っ張り出して、佐知子は忌々しい隈と格闘した。
どうにか納得できる仕上がりを真剣な目で確認した時には、もう出勤時間ギリギリだった。
仕上げに口紅を引こうとして、いつもの地味な色の口紅を唇にあてた。
だが、それは今日のメイクには合っていなかった。
少しの逡巡のあとに、佐知子は口紅を換えた。これもほとんど死蔵していた、鮮やかな発色のルージュを取って、慎重に肉感的な唇の上に滑らせた。
塗り終えて。ルージュを置いた。
あらためて、鏡に映った顔を眺めた。
見違えるような自分がいた。
悪くない…と、佐知子は相応の満足を感じた。そんなふうに、女性らしいナルシシズムを胸にわかせたのは、ずいぶん久しぶりの気がした。
出勤すると、顔を合わせた部下たちは一様に目を見張り、そして口々に佐知子の美貌を褒めそやした。
それにもグッと気分をよくして、ようようと達也の病室へ向かった佐知子だったが。
「………………」
いま、こうして、不躾なほどの達也の視線に晒されていると、高揚は消えて、
不安が大きくなってくるのを感じる。
(化粧が厚すぎたのではないか?)
(あまり慣れないことだから、メイクがおかしかったのではないか?)
(年もわきまえずに派手づくりをして…と、呆れられているのではないか?)
実際には達也が言葉を途切れさせて、しげしげと佐知子を見つめていたのは、ほんの数秒のことであったが。審判を待つような心理になっている佐知子にはとても長く感じられた。
だから、達也がニッコリと笑って、
「いいね。こういう佐知子さんも、すごく素敵だよ」
惜しげもない賞賛を与えたると、深い安堵に体の力が抜けていった。
フーッと、思わず深い息をついたのは、いつの間にか呼吸さえ止めていたようだ。
大仰な滑稽なほどの自分の反応を、顧みる余裕も佐知子にはなかった。
そんな佐知子を、達也は(内心はどうあれ)眩しそうに見つめて、
「……佐知子さんて……本当に綺麗だよね」 深い実感をこめて、そう言った。
「そう? ありがとう」
佐知子は、数日の達也との付き合いで身につけた軽い返答で切り抜けた…つもりだったが。
声は微妙に上擦っていたし、頬には赤みが差していた。
羽が生えたように心が浮き立つのを、佐知子は感じていた。
自分でも滑稽だと思えるほど、達也の賞賛が嬉しかった。
「もともと、佐知子さんは、化粧なんかいらないくらいに綺麗だけど」
達也はウットリと佐知子を見つめながら、さらに賛美の言葉を続けた。
歯の浮くようなセリフを、そうとは感じさせない、彼一流の技術を駆使して。
「そんなふうにキッチリとメイクすると、なんだか、ドキッとしちゃうくらいだね」
例によって、中学生らしくない弁舌の裏に、どんな意図を隠していようと。
達也は、嘘をつく必要は少しもなかった。
日頃は地味な化粧でボヤかしていた美貌を、惜しみなくさらけ出したという印象を抱かせる、今日の佐知子だった。
特に、アクセントをつけられた眼元と、鮮やかな紅色に彩られた唇には、ゾクリとするような色香が漂っている。まさに熟した女ならではの艶めきだった。
……だが。そんな大人の艶色を漂わせる美熟女ナースは、はるか年下の少年の言葉と視線に、頬を赤らめ、もじもじと、まるで小娘のような恥じらいのさまを演じていた。
そんな佐知子を、達也は嵩にかかって攻めたてる。極上の笑顔を浮かべたまま。
「…うれしいな」
「……え?」
「だって、僕のためにしてきてくれたんでしょう?」
「そ、そんなことは…」
「そう? でも、いま佐知子さんって、ほとんど一日中この部屋にいるわけだし」
「それ…は……」
「だから、今日の変身ぶりも、僕に見せるためにしてくれたのかなって、思ったんだけど」
「……………」
達也の言うとおりだった。
佐知子が、誰の目を意識していたかといえば、相手は達也しかいない。
朝、醜い(と、佐知子には思えた)隈を、鏡に映した自分の顔に見つけた時。
決して、このまま出勤することは出来ないと思った。
正しくは、“こんな顔で、達也の前には出られない”と思ったのだ。
自身の心理の真実を、ハッキリと佐知子は思い知らされた。
達也を幻滅させたくなかった。いや、達也に幻滅されたくはなかった。
それは単に、見苦しい顔を見せたくない、というだけではなくて。
たった一夜の寝不足の影響が覿面に表れてしまう…そんな年齢であることを若い達也に意識されたくなかったのだった。
それは、佐知子の“女”としての感情に違いなかった。
つまり、佐知子は達也を、ひとりの“男”として認識しているということだ。
“患者”や“子供”としてではなく。
自分の肉体の衰えの印を見せたくないというのも、女の媚びだ。
無意識の、消極的なものではあっても。若い男に対する中年の女の媚びであることは間違いない。
…この時点では、佐知子は、そんな己の感情の機微を完全には把握していなかったが。
「……ちょっと、気分を変えたくて……」
ありのままを告げたくない気持ちは確かだったから、曖昧な、ありふれた釈明に逃げる。
「ふうん。なにか、気分を変えたくなるようなことがあったの?」
「別に……そういうわけじゃないけれど」 ジワリと。他意のない調子で。
達也は佐知子を追いこんでいく。
鼠をいたぶる猫の愉悦は、穏やかな笑顔の下に隠したまま。
「そう? それじゃあ……」 達也は、軽く眉を寄せて、考えこむようすを見せる。
佐知子は立ち竦んで、達也の次の言葉を身構えて待っているような状態だった。
「じゃあ……逆かな?なにか気持ちの変化があって、それに合わせてみたくなったとか?」
「気持ちの…変化?」
「なにかあった? 最近、心境を変えるようなことが」
「さ、さあ? なにも、ないと思うけれど」
「本当に? なにもない?」 慌てたように否定する佐知子を、達也は見据えた。
笑いを消した、生真面目な表情。
まっすぐな視線に捉えられて、佐知子は硬直した。
「僕は…あったよ」 低い、深い声で達也は言った。
「とても、大きな変化。すごく、大事なことだ」
「……………」 チリリ、と。おくれ毛が逆立つような感覚を佐知子は覚えた。
危険信号。ひどく危うい方向に、話が流れてしまっている。
最初は、化粧などという、なんでもない話題だったのに…。
「いままで、知らなかった気持ち。それが、僕に生まれた変化だ」
これ以上…達也に語らせてはいけない。それはわかっているのに。
声が出ない。
達也の澄んだ瞳に呪縛されている。
「わかるでしょう?」
「……………」 佐知子に出来たのは、かすかに首を横にふることだけだった。
それで否定を示すことが出来たとは、自分でも思わなかったけれど。
「わからない?本当に?」 達也の声が、少しだけ悲しげな響きを帯びる。
キリリと、佐知子は胸に痛みを感じて。
「わ、わからないわ」 その反動でだろうか、ようやく弱い声を絞り出すことが出来た。
本当に、わからない。達也が、あまりにも真剣だから。
いつもの洒脱さも明るさも消してしまって、怖いほどの力をこめた眼で見つめてくるから。
本当に、心の真実を告げようとしているふうに見えるから。
だから、わからない。
まさか……そんなはずはないから。そんな……。
しかし。
「佐知子さんだよ」 しごく簡単に。達也は、その名を口にしてしまった。
「僕、佐知子さんが好きだよ」 まさか、と佐知子が打ち消した、その言葉を。
佐知子は眩暈を感じて、数瞬、目を閉じた。
「……も、もう。達也くんの冗談って、けっこう心臓に悪いのよね」
どうにか苦笑らしき形に口元を引き攣らせて、無理に笑い飛ばした。
声は震え、擦れていたけれど。
非礼とも言える佐知子の反応にも、達也は表情を変えることなく、
「……まあ、あくまでも、僕の勝手な想いだからね。佐知子さんの返事は、保留されたと受け止めておくよ」
「ほ、保留って、達也くん」 慌てて反駁しけかた佐知子だったが。
照れることも恥じることも必要ないとばかりに、堂々と見返してくる達也に、なにか後ろめたい気持ちになって、言葉を詰まらせてしまった。
「………………」 佐知子が気弱く眼を伏せてしまったので。
ふたりだけの病室は、しばし、重苦しい沈黙がとざした。
そして、そんな雰囲気を払拭するのは、やはり達也のほうだった。
「ごめん。佐知子さんを困らせるつもりはなかったんだけど」
こだわりのない声に、佐知子はおずおずと眼を上げた。
穏やかに微笑む達也がいる。何事もなかったかのように。
「あ……」 佐知子は、カラカラに渇いた喉から、声を絞り出そうとした。
なにか、言っておかなければ。いま、この場で。
そうしなければ取り返しがつかなくなる、そんな予感があった。
でも……なにを? 言えばいい?
取り返しがつかない、とは? 私は…なにを恐れる?
混乱する思考の中から、適切な科白を見つけ出すことが出来ない。
「いまは」 達也が言う。
気負いのない口調で。しかし、眼には固い決意の色を浮かべて。
「僕が、冗談や悪フザケで、こんなことを言ったわけじゃないとだけ、知っておいてくれれば、いいよ」
そう釘を刺して。ひとまずはここまで、という空気にしてしまう。
結局、佐知子は、なにも意味のあることを口に出来ぬまま。
二十以上も年下の若者からの求愛を聞き終えてしまったわけである。
呆然と立ち竦んでいた。
……そんなふうにして、始まった一日である。
佐知子に、平静な心で過ごせというほうが、無理があった。
しかも、達也の傍らから離れることは出来ないのだ。
達也は、ベッドに上体を起こして、本を読んでいる。
椅子に腰を下ろした佐知子が、それを眺めている。
これは、いつものように会話を仕向けても、どうにも口が重く、すぐに沈思黙考の中へ入ってしまう佐知子のようすを見た、達也の配慮だった。
『僕は本を読んでるから』
それだけ言って。その後は、本当に読書に没頭するようすで、すぐそばに座ったままの佐知子には見向きもしない。
切り替えの早さというのか、集中力もまた並ではない、と。
ちょっと呆れるような思いで、佐知子は達也を見ていた。
達也が読んでいるのは、翻訳小説で、佐知子が聞いたこともない作家の著書だった。
(昨日、パラパラと覗かせてもらったが、かなり難解な内容だった。)
厚いハード・カバーを読みふける達也の横顔には知的な落ち着きがあって、普段以上に大人びて見えた。
本当に……彼は、さまざまな表情を見せてくれる、と佐知子は思った。
平素の穏やかな顔、快活な無邪気な笑顔。
猛々しいほどの怒りの形相。佐知子を守ろうとしてくれた時の、凛々しく精悍な表情。
そして。佐知子をまっすぐに見つめて、“好きだ”と告げた彼の顔……
そこまで思考を巡らせて、我にかえる佐知子。
いつしか、達也の横顔に見惚れていた自分に気づいて、かぶりをふった。
ボーッとしている場合ではない。考えなくてはならないのだ。
達也がもちかけた難題について。それへの対処を。
やはり、あの時点-達也の告白を受けた直ぐ後に、ちゃんと話を終わらせるべきだった、と後悔する。
少し冷静になってみれば、自分のとるべき態度は決まっていた。
達也の言葉を、完全に冗談として流してしまうという対応だ。
あるいは、いきすぎだと叱ってもよかったかもしれない。
どうして、そう出来なかったのか?
あの時には、そうするのが酷く悪いことに思えたのだ。
ということは……少しでも、達也の告白を信じる気持ちがあったというのか?
それは、あまりに愚かしいことではないか。
本当に、そんなことがありうると思っているのか?
中学生の少年が、自分のような中年女を、本気で……。
(でも……あのときの達也くんは……)
嘘をついているようには、見えなかった。どうしても。
だいいち、そこまで悪趣味なイタズラを愉しむような彼ではない。ないと思う。
ならば……本気なのだろうか? 本当に彼は私のことを?
どうして? 何故、彼のような若者が、私なんかのことを……?
……ああ、違う、そうではない。
たとえ万が一、達也が本気だとしてもだ。自分のとるべき対応は決まっているではないか。
キッパリと跳ねのける。それしかない。
………………どうして、そうしなければならないのか?
どうしてもこうしてもない。それが、良識であり分別だろう。
そう。相手は大人びてはいても、まだ中学生なのだ。
一時的な気の迷いというのが、妥当なところだろう。
だから、それに気づかせてやって。うまく導いてやることが、大人としての……
……ああ、いつの間にか、達也の言葉を信じることを前提にしてしまっている。
(……私は……) 信じたいのだろうか? 彼の求愛が真情からのものであると。
いま、自分は。自分の心は。
とても困惑している。それは確かだ。。
嫌がっている?それはない。ひどく混乱して懊悩しているけれども。忌避の感情はわいてこない。
ならば……喜んでいる? この、胸の熱さは……。
馬鹿な。そんなはずがない。子供ほどの年の若者に…。そんな…はずが……
-7-
……深刻な顔を俯けて、出口のない思考にハマりこむ佐知子を達也は横目に眺めている。
まあ言うまでもないことだが、ハナから読書に没入などしていなかった。
佐知子の目にそう見えたのは、達也がそのように見せようとしたからだ。
(効いてる、効いてる) 懊悩する佐知子に、笑いをかみ殺す。
本当に、よくもまあ、ここまでこちらの描いた絵図の通りに反応してくれるものだと呆れるやら感心するやらだった。
(ホント、純粋だなあ、佐知子は。可愛いゼ)
それに、いい女が悩む姿もいいものだ、と愉しんでいる。
確かに、形のいい眉を寄せて、大きな瞳を翳らせて、肉感的な唇を噛むようにしている
佐知子の愁い顔は、見る者の嗜虐心を煽りたてるような、巧まざる媚態となっていた。
さらには。片手を口元にあてて、その肘をもう一方の手で支えるような姿勢によって、その豊かな胸が強調されて、白衣に色っぽい皺をつくっている。
ピタリと合わせた丸い両膝には隙がないが、豊満な腰の肉づきに引っ張られて、スカート部分はやや際どい位置にズリ上がって、逞しいほどに張りつめた太腿を見せつけてくれているのだった。
(ソソッてくれるなあ、越野のママさん) たっぷりと、視姦を堪能して。
漲っていくものを感じた達也は、そろそろ次の行動へ移ることを決める。
佐知子は、もうグラグラだ。いまの深い悩乱ぶりが、なによりの証拠である。
もう、ひと押し、ふた押しだろう。予定より早い成果である。
(やっぱ。チョロかったな) まずは、溜まったものをヌイて身軽になるか、と。
達也は本を閉じて。
「……佐知子さん」 心中での舌なめずりは、おくびにも出さず、佐知子を呼んだ。
達也は首の下に枕を抱くようにして、うつ伏せに横たわっている。
ギブスをつけた左足は膝を曲げて、クッションで支えてあった。
達也は裸だった。大きめのタオルを腰に掛けただけの姿だ。
ベッド脇に立った佐知子は、達也へと屈みこむようにして、手にした濡れタオルで、体を拭いている。
「ごめんね。こんなことまで、お願いしちゃって」
「いいのよ。これくらい」 なんでもないといったふうに、佐知子は答えた。
入浴できない患者の体を清めてやることは、ナースとして当たり前の仕事だ。
ましてや、ベテランである佐知子のこと。その患者の状態にも合わせて、どのようにしてやればいいかなど、すでに体が覚えてしまっている。
洗面器に汲んだ湯で、こまめにタオルを洗いながら、佐知子は淀みない手つきで作業を続けていった。
ただ。常ならば、あれこれ患者に言葉をかけて、リラックスさせようと配慮するのだが。いまは、ほとんど無言だった。
視線は自分の手元に固定されている。口を引き結んだ横顔には、ことさらに作業に集中しようとする気ぶりが見てとれた。
そうでもしなければ……というのが、佐知子の正直な気持ちだ。
しかし、いくら自分の手元だけを見て作業に没入しようとしても。
無防備に広げられた達也の背中は、いやでも眼に入ってくる。
その感触は、タオル越しにも、しかと手に伝わってくる。
それらを、まったく意識から締め出すなどとは、所詮無理な話だった。
どころか。気がつけば、眼は達也の裸の背に吸い寄せられて。
タオルを使う手の動きは、達也の肉体の質感を確かめるようなものになってしまう。
達也の身体は、完全に大人の体だった。
肩も背中も広い。ガッシリとした骨格の上にほどよく肉を乗せて。
固く引き締まった筋肉は、ゴツゴツとした感じではなく、しなやかな印象を与える。着衣の時に痩せてみえるのは、そのせいだろう。
だからこそ、こうして裸身を晒した時には、意外なほどの逞しさが際立つのだ。
本当に裕樹とは大違いだ…と。佐知子は昨夜も肌を重ねた息子の、華奢でプニプニと柔らかな体と、つい比べてしまう。
まったく無意味な比較だった。
(……そう。達也くんは大人。裕樹はまだ子供……)
……いつの間にか、タオルを持つ手が止まりかけているのに気づく。
佐知子は、洗面器の湯にタオルを浸して、手早く洗いながら、
“なにをいまさら”と自分を叱咤した。
すでに、達也の排尿の補助までしているのに、いまさらこんなことで惑乱していてどうするのか、と。
彼の身体的成長が、成人男性と比べても遜色ないということも、充分に承知していたことではないか。
(……遜色ないどころか…)
また、危うい方向へ流れようとする思考を断ち切るように、タオルを固く絞った。
ああ……やはり、あまりにタイミングが悪い、と嘆いた。
こんな時に、達也の肉体の逞しさを見せつけられるのは。
達也が、大人であること、男であることを意識させられるのは。
手馴れた作業も、いまの佐知子には苦行であった。
……とにかく、早く終わらせることだ、と。
はやくもお定まりになってしまった文句を呟いて、佐知子は、悠然と横たわる達也へと向かう。
しかし。
少しでも早く終わらせようと、気を急きながら。佐知子は、ハタと固まってしまった。
すでに肩や背中や腕は拭き終えた。あとは腰から下だが。
どうしよう……? と、迷う目を大判のタオルに覆われた達也の腰に向ける。
当然、その下も裸だ。それは脱ぐのに手を貸した佐知子には、よくわかっている。
視線をズラしたまま、エイヤとブリーフを引き剥いて。すぐに達也にはタオルを腰に巻いてもらって。
そのまま、うつ伏せに寝かせたのだったが。
……まずは脚から、と、問題を先送りにしようとした、その時。
やはり、ほとんど喋らず、居眠りでもしているのかと思えた達也が、不意に身じろぎして。
後ろへまわした手で、サッと腰のタオルをとってしまった。
「ちょっと、恥ずかしいけど」
軽く佐知子へ振りかえるようにして、そう言ったが。口調はしゃあしゃあたるものだ。
むしろ、いきなり剥き出された若い男の尻を、思わず凝視してしまった佐知子の方が、頬を赤らめ、ドギマギとするのを隠せずにいた。
それでも、仕方なしにタオルを持った手を、おずおずと、そこへと伸べる。
キュッと締まった、形のよい臀の表面を撫でるように拭いていく。
……まったく、なんというザマかと、ナースとしての自意識は佐知子を責めた。
男の生殖器だろうが尻だろうが、仕事上、飽きるほど見てきたではないか。
なのに、昨日からの醜態は、いったいどういうことだと。
……それはそうだけれど、と、力弱く異議を唱えたのは、佐知子の生身の部分。
どうしても、ナースの意識で見ることが出来ないのが、問題なのだと。
彼は、達也は、これまで佐知子が知る、どんな患者とも、どんな男とも違うので。
あまりにも佐知子の基準からはみ出した存在なので。
達也のことが、わからない。
だが、達也に対している時の自分自身は、さらに理解できない。
達也の……男性を。目の当たりにして。身体に走った震えは、なんだったのだろう?
それに触れた時に、胸を満たした不穏な情動はなんだったのだろうか?
そして、いまもまた。
達也の固く引き締まった尻から、目を離すことが出来ないのは何故なのだろう?
手に伝わる固い弾力に、キュッと、胸が切なくなってしまうのは?
(……これじゃあ……)
ナースの胸や尻に粘っこい視線を這わせてくる、いやらしい男たちと同じではないかと。
理性に責められて、どうにか眼を逸らしても、状況に大差はないのだった。
横たわる達也の裸身は、どの部分も見ても。
しなやかで、力感に満ちて、肌は若さに輝いているようで。
セクシーだった。
男性にも、その形容はあてはまるものなのだと、はじめて佐知子は知った。
その艶かしい寝姿を、ふたりきりの部屋で間近に眺めて。
その肌に触れて。その匂いを嗅いで。
佐知子は、頭の芯が痺れたような心地に陥って、もう機械的に手を動かして、達也の下肢を拭き清めていった。
そして、足先まで拭き終えると、この後どうすればいいのか、と迷うように立ちすくんだ。
「…うん? もう後ろは終わったのかな」
頼りない佐知子に代わって、場を仕切るのは達也である。
片手をついて、顔を起こした達也は、ギブスの左足を一応気遣いながら、ゴロリと仰向けに転がった。
慌てて、手を貸そうとした佐知子だったが。
「……ッ!?」 次の瞬間には、ギクリと反射的に後退っていた。
双眸は驚愕に見開かれ、手は無意識な動きで、口元を押さえていた。
あたかも、零れかける恐怖の悲鳴を封じようとするかのように。
仰向けになった達也の股座。
鎌首をもたげた大蛇に睨みすえられて。佐知子は呼吸さえ止めて、凍りついた。
鎮まった状態でさえ、佐知子を畏怖させた達也の男根である。
力を得ないままにして、裕樹はもちろん、記憶にある亡夫のペニスを凌ぐ量感を見せつけて、佐知子を圧倒した長大な肉塊である。
これで、膨張したら、いったいどれほどの大きさになるのか、と。
想像するだけで、佐知子は慄いたのだったが。
いま、見開いた眼に映る現実は、佐知子の夢想をはるかに超えていた。
四肢をのばして、ゆったりと横たわった達也の股間に、隆々と屹立した肉の塔。
達也の逞しい身体に比べても、あまりに不釣合いだと思える、その巨大さ。
息をつめて、瞬きさえ忘れて、佐知子は見つめた。
その驚愕と恐怖に引き攣った表情が、達也の目を愉しませていることに、気づく余裕など、あるはずもなく。
(……ククク、あの顔。相変わらず、いい反応してくれるよ、佐知子は)
毎度毎度、こちらの期待以上のレスポンスをしてくれる佐知子に満悦する。
確かに、達也にも自慢の逸物だ。ルックスや弁舌以上の、最大の武器でもある。
達也の年のわりに豊富すぎる女性経験は、その大半が年上の成熟した女が相手だったが(経緯は、さまざま)。
子持ちの熟女でも、多少は遊びなれた女でも、瞠目せずにはいられないようなケタはずれの巨根である。
だが、佐知子の反応は、過去のどんな女よりも大仰だった。
結婚生活を経験し、子供もいる女にしては、大袈裟とも思える。
(どうやら、死んだ亭主ってのは、よほどの粗チンだったらしいな)
夫と死別して十年近くになるということは、会話の中で聞き出してある。
その間、独り身だからと気軽に遊べるような性格でもないだろうし。
勿体ない話だ、としみじみ思う達也だった。
こんな綺麗な顔で、熟れた体を持った女が、セックスの悦びも知らずにいるなんて、と。
(俺がタップリと教えこんでやるからな。もうちょい待ってろよ)
佐知子に関しては、口説きおとすというというしばりを自ら定めて、それに添って行動してきた達也である。ここまで来たら、意地でも佐知子の方から股を開かせなければ、気がすまない。
まあ、それも時間の問題ではあるが。
はかない佐知子の抵抗を、せいぜい楽しもうとする達也だった。
(ほらほら。いつまでも、そんな怯えた眼で見てんじゃないよ。すぐに、こいつがなくちゃ生きていけなくなるんだからさ。このデカマラをブチこんでもらうためならなんでもする、牝ブタに生まれ変わって。そのデカい乳とデカいケツをふって、ブヒブヒ啼いてさ。涙を流して、俺に感謝するようになるんだから。“達也さま、達也さま”ってな)
長い硬直のすえに。
ようやく佐知子は、巨大な屹立から目を離すことに成功する。
「た、達也くん」 頬や、きつく横にねじった首筋に血の色を昇らせながら、
救いを求めるように達也を呼んだ。
「なに?」
(なに? じゃないでしょう!)
何ごともないように聞き返してくる、達也の神経を疑う。
「そ、それ……あの……」
なんと言えばいいのか解らずに、しどろもどろになって。
「…タ、タオル。タオルをっ」
「タオル? ああ、隠せってことか」
ちと面白がりすぎたか、と反省しながら、達也は脇へどけていたタオルを取って、オッ立ったままの肉根に被せた。
「はい。もう大丈夫」
「…………」
怖々と顔を向けた佐知子だったが。ウッと、また軽く息をのむことになる。
確かに、達也の腰には再びタオルが掛けられて、巨大な肉根は直接は
見えなくなっていたが。
しかし、天を差した屹立は鎮まることなく、ボッコリとタオルを突き上げている。
異様な膨らみ具合は、却って、その威容を強調するようにも思えて。
これで“隠した”と言えるのかどうか、怪しいところだ。
「恥ずかしいけど……生理現象だからね」
バツが悪そうに苦笑した達也に、そう言われれば、
「そ、そうね。仕方ないわね」
佐知子はそう答えて、こだわらないふうを装わざるをえない。
とにかく、作業は途中である。
いつまでも達也を裸にしておくわけにはいかない。いろいろな意味で。
竦みそうになる足を踏み出して、佐知子はベッドへと歩み寄った。
手にしたタオルを洗って、作業を再開する。
厚い胸板や固く筋肉をつけた二の腕の力強さが、やはり達也の男らしさを
アピールしていたけれども。もはや佐知子には、それどころではなかった。
もっと端的に。あからさまに、達也の“男”を象徴するものが、すぐそこにあるのだから。
極力、目を向けないように意識していたが。折りにふれ、どうしても
視界の隅に入ってくる達也の股間で、タオルの盛り上がりは一向に鎮まる気配がない。
時間を稼ごうとする意識が働いて、佐知子の手の動きは殊更に丹念になっていったが。
達也の引き締まった腹を拭き終えた時にも、そのすぐ下の隆起は
依然として衰えていなかった。
「………………」 佐知子は、しばし逡巡して。
「あ、あの、達也くん……?」
やはり、ここは達也自身の手で拭いてもらおうと考えたのだが。
「佐知子さん、軽蔑した? 僕のこと」
「え!? ど、どうして? そんなことないわよ」
「いいよ、無理しなくて。自分でも、みっともないと思うから」
達也らしくもない自嘲の色が、佐知子を申し訳ないような気持ちにさせる。
「そんなことないわ。生理現象だもの。若いんだから、仕方ないことよ」
「でも、佐知子さん、なんだか触りたくなさそうにしてるし」
「そ、そんなこと…ない、わ」
「いいんだ。だって、体をキレイにしてもらってる最中にさ。こんな時に、こんな状態になっちゃう患者なんて、いないでしょ?」
「そんなこと、ないってば。若いひとには、珍しいことじゃないわ」
実際、珍しいことではない。佐知子にも幾度となく経験があった。
ただ、この場合は、相手が達也であることと、なにより、その度外れたスケールが、佐知子を気後れさせたのだったが。
しかし、このような遣り取りを交わしてしまった上は、佐知子もこれ以上の躊躇を見せるわけにもいかなくなってしまう。
佐知子は、達也の腰を覆ったタオルに手をかけて。
コクリ、と固い唾をのんで。一気にタオルを取り上げた。
「……ッ!」 達也の大きなペニスが、再び姿を現す。
身構えていながら、佐知子は改めて目を見張り息をつめずにはいられなかった。
間近に見ると、ますます肉体の一部とは信じられなくなる。
またも眼を釘づけられそうになるのを堪えて、佐知子は達也の下半身を拭きはじめた。
精一杯の平静を装って。しかし、いまや巨大な屹立は視界の中心に倣然と居座っているわけだから、眼の逸らしようもなく。
早い動悸と息苦しさを覚えながら、佐知子は、下腹部から両腿へと、タオルを滑らせていった。慎重に。達也の男性には触れないように。
「………………」
だが、周辺の部分を清め終えれば。そのまま避けていた中心を放置して足先へと手を移すわけにもいかなくなってしまう。それでは、気にすることはないと達也に請け負った言葉が嘘になってしまう。
(……なんでもないことよ、これくらい。キレイにするだけ……)
自分に言い聞かせて、佐知子はゆっくりと手を伸ばした。
屹立した肉根の太い茎の部分に、そっとタオルを押し当てて。
軽く撫でるように拭いてみる。
押されて、かすかに長大な肉が揺れる。
これでは形ばかりの行為だというのがあからさまだった。
佐知子は覚悟を決めて、タオルを掌に被せるように持ち直すと、ままよ、と握りしめた。
「………っ!」
タオル越しにも、固い肉の感触が伝わってきて、佐知子は息をのんだ。
(……なん、て……)
怖々と握りしめたものの、強度と逞しさに改めて驚嘆する。
間に挟んだタオルの厚みが加わっているにしても、
指が回りきらないという肉茎の太さは、なんなのだろうか。
佐知子は、本能的な畏れに震えかかる手を、そろそろと滑らせていった。
剛茎を根元から先端へと拭き上げていく。胴部だけで、ゆうに佐知子の拳のふたつ分以上はあった。
力加減に悩みながら、ゆっくりと引いていった拳が、茎より格段に太く強く張り出した肉冠部に達する。
佐知子は、軽く息をついて、把握を緩めて、先端部を掴み直した。
「…アッ!?」
その瞬間、ビクリと達也の肉体は反応して、包みこんだタオルの中でグッと漲りを増した。思わず、小さく声を上げて硬直する佐知子。
「佐知子さん」
「な、なにっ?」 タイミングを計ったように達也から声を掛けられて、はっと顔を上げて、
上擦り声で聞き返した
達也は、かすかに眉根を寄せて、佐知子を見つめていた。
「やっぱり、僕のって、なにかおかしいのかな?」
「そ、そんなこと、ないわよ。なにも、おかしなところは…」
「佐知子さん、口では、そう言うけどさ。昨日からの態度を見てるとね」
「そ、それは…」
「看護婦さんに、いちいち、そんな反応を見せられたら。異常があるんじゃないかって、不安にもなるよ」
「それ、は……」
佐知子は言い淀んだ。
さすがに、“そんな反応はしていない”などと言い逃れがきくとは、自分でも思わなかった。それほど、露骨な態度を示してしまったという自覚がある。
それは、達也が言うように患者として不安を感じても仕方ないような対応であり、ナースとして失態であった。
正しておかなくてはならない。
「本当に、達也くんの体に、おかしなことなんてないわ」
キッパリと言い切って。しかし、それだけでは、もう達也も納得できないとわかっていたので。
「た、ただ……」
「ただ?」
「あの……とても、逞しい、から……驚いてしまって……」
尻すぼみに呟いて。眼を伏せた佐知子の顔は羞恥に赤く染まっていた。
片手は、まだ達也の屹立を掴んだままだった。話の流れから、手を離すに離せなくなってしまっている。
「僕のが? 大きいってこと?」
「え、ええ……そう、思うわ……」
「ふーん。そうなのかな?それで、佐知子さんは驚いたって? 驚いただけ?」
「…え?」
「大きすぎて、キモチ悪いって思ったとか」
「そ、そんなことは、ないわ」
「そうかな。だって、単に驚いたってだけじゃなさそうだったよ。なんだか、出来るだけ、触らないようにしてるし」
「そ、それは」
「やっぱり、汚らわしいって感じるものかな?こんな状態になってると」
「そうじゃなくて」 しかし、説明することは難しかった。
見たこともないような逞しい雄の象徴を前にして、牝としての根源的な畏怖が働いて、萎縮してしまったのだとは。佐知子自身、ハッキリと理解していなかったので。
「本当に、汚らわしいなんて、思ってないのよ」
「そう? じゃあ…」 達也は、つと手を伸ばして。
そして、佐知子の手の中から、スルリとタオルを抜き取ってしまった。
「あっ!?」
手品のような手際に、佐知子は呆気にとられて。自分の手と、達也の手に移ったタオルを見比べた。
「触ってみてよ」
「…え?」
「本当に、汚らわしいともキモチ悪いとも思わないんだったらさ。直接、触ってみて」
「な…そんな、達也、くん……」
「僕だって、恥ずかしいけどね、こんなの」
達也は、頑なな色を面に浮かべて、
「自分でも、馬鹿なこと言ってると思うし。でも、佐知子さんに気味悪がられたんじゃないかって後々まで悩むのは、イヤだからね」
「だから、私は、そんなこと思ってないって…」
「証拠を見せてよ」 静かに、しかし強く言い放って。後は、無言で佐知子を見つめる。
佐知子は、追いつめられてしまった。
これ以上、抵抗を示せば、達也の疑心を裏付けることになってしまう。
……達也の巧みな誘導にハマって、思考が狭窄しているということを自覚できずに。
「い、いいわよ」
それくらい、なんでもないといったフリ、もはやなんの意味もないポーズをとって、半端に宙に浮かせていた手を、達也の股間へと向けた。
達也の男性は、依然として雄々しくそそり立ったままだった。
それは、やはり佐知子に、巨大な蛇を連想させて、粟立つものを感じさせたが。
もう躊躇すら許されていない(と、思わされてしまっている)佐知子は、無理やりに手を押しやって。鎌首の下のあたりを握りしめた。
(……あぁ……) 今度こそ、生身の達也の感触が伝わってきた。
それは、同じ部位でありながら、排尿を手伝うために触れた時とは、
まったく別物に変貌していた。
(……熱い……硬い……)
最初に感じたのは、それだった。灼けるような熱さと鋼のごとき硬さ。
触れてみれば、なおさらに生身の肉だとは信じられなくなってしまう。
知らず、手指に力がこもった。やはり、指は回りきらない。
野太い幹にはやはり太い血管が高く浮き上がってゴツゴツとした節くれだちを作っている。
そして、盛んな脈動を佐知子の掌に伝えてくるのだった。
(……凄い…こんな……)
この上なく逞しく猛々しい牡の肉体は、凄まじいほどのエネルギーを放射して。
ただただ圧倒される佐知子は、握りしめたものを凝視していたが。
しかし、危うい流れに引きずりこまれつつある自分を、ようやく意識して、
「こ、これでいいでしょう? もう…」
そう言いながら、熱い肉鉄に焼けついてしまったかのような指を引き剥がそうとしたが。
その手は、上から達也に押さえこまれてしまう。
「た、達也くん!?」
「もう少し、そうしていてよ」
「な!? なにを」
「だって、肝試しじゃないんだからさ」 ちょっと口を尖らせて、達也は抗議する。
「お義理みたいに、ちょっと触って、これでいいでしょなんてさ」
「そん、な……わ、わかったから、手を離して」
「いやだね」
駄々っ子のように言って。しかし、佐知子の手を押さえつける力は強く、逃げることを許さない。
そして。
「ああ。佐知子さんの手、スベスベしてて気持ちいいや」
陶然と呟いた達也の科白は、恐れていた危険な逸脱への兆しと聞こえて、佐知子を狼狽させた。
「た、達也くん!」
叱責して、達也を睨みつける。しかし、その頬は赤く上気したままだからまるで迫力に欠ける。
「怒らないで。だって、佐知子さんのせいなんだよ?」
「なにを、言うの?」
「佐知子さんのことを思って、こんなになってるんだから」
潤んだ眼に湛えた切ない色で佐知子をひるませて、達也は訴えた。
「言ったよね。僕、佐知子さんが好きだって」
「いまは、その話は…それとこれとは」
「話が違うって? そうかな。僕は佐知子さんが好きだから、こんなになってるのに」
「そんなの…」
「僕だって男だからね。好きなひとと一日中いっしょに過ごしてれば、そういうことだって考えるさ。佐知子さんの大きな胸やお尻を見て、ムラムラするし」
「い、いやらしいわ」
「そうだね。でも、それがいけないことなの? 僕、おかしいのかな?」
「そうじゃ、ないけど。で、でも、こんなことは」
「オシッコを手伝ってもらった時もさ、正直なとこ、イヤだったんだけど」
「……えっ?」
「ただでさえ、恥ずかしいし……佐知子さんの手に触られて、反応しちゃったら、居たたまれないじゃない。でも、佐知子さん、“いいから任せなさい”って感じだったし」
確かに、あの時は(表面的には)渋る達也を佐知子が押し切って、世話をやいたかたちである。
「でも、そこまでしてくれる佐知子さんの気持ちは嬉しかったから、任せちゃったんだよね。触れられてる間は、必死に気を逸らして」
あの時の達也の悠然たる態度からは、必死になっていたなどとはとても思えないのだが。達也のようすをうかがう余裕などなかった佐知子は、そうだったのかと鵜呑みにしてしまって。配慮が足りなかっただろうか、と必要のない自省をわかせてしまって。
結果として、またひとつ抗いの力を弱められてしまうのだった。
「でも、今日は抑えられなかった。もう限界だよ」
切なげな達也の表情も、そうだった。上目づかいに佐知子を見る潤んだ眼が
ゾッとするほど艶っぽくて、佐知子の胸をどよめかせる。
「わかるでしょ?こんなになってるのは、佐知子さんのせいだよ」
甘ったるい声で囁いて。達也は剛直に押しつけた佐知子の手を、ゆっくりと上下させはじめる。
「ダメよ、達也くん、こんなっ」
達也の行為を止めようとする佐知子の声は、ほとんど悲鳴のようだった。
これは、もう完全に性的な接触である。その証左のように、佐知子の手の中、無理やり握らされた達也の男性は、滑らかな掌に擦られて、
ググッと漲りと硬度を増したのだった。
(う、嘘…? まだ、大きくなる?)
驚愕に眼を見開く佐知子。あれほどの大きさから、まだ膨張の余地を残していたのかと。
しかし、思わず凝視した達也の肉体は、その巨大な先端部も確かに充血の度合いを増して。凶悪なまでに張りつめた肉傘は、テラテラとドス赤く輝いているのだった。
その獰猛なまでの迫力に威圧されて、佐知子は頭の芯が痺れて、硬直した腕は、達也への抗いを緩めてしまう。
それでいて、無理じいに使役される手の感覚は鋭敏になって。
握りしめた肉体の凄まじさを、ありありと感じとってしまうのだった。
(……あぁ……)
掌中で、その怪物的な雄が、際限なく、量感と硬度と熱と反りを増していくように感じられて。佐知子は、胴震いして。
(……凄い……すごい……) 惑乱する意識の中で、そんな言葉だけを繰り返す。
「ああ、気持ちいいよ、佐知子さん。このまま…」
うっとりと洩らした達也の乞いに、釣りこまれるようにうなずきかけて。
佐知子は、かろうじて、理性を掻き立てて。
「も、もういいでしょう、達也くん。これ以上は…」
「イヤだよ。こんなとこでやめられたら、余計辛いもの。それは、佐知子さんだって、知ってるでしょ?」
「後は……自分で…」
「自分で?オナニーしろって?それは冷たいよ」
「そんなこと、言ったって…」
「僕、我慢してたんだよ。そんなことしたら、絶対佐知子さんのことを思い浮かべてしまうと思ったから。佐知子さんと抱き合って、キスして、そして…」
「や、やめてっ」
「そうでしょ?想像の中でも、穢されるなんて、イヤでしょう?僕も、それは佐知子さんに悪いと思って、我慢してたんだ。そのせいでこんなに溜まっちゃってるんだからさ」
「だ、だからって…」
詭弁ともいえないような強引な達也の論理であったが。佐知子は冷静に切り返す余裕などなく。
「ねえ、今だけ、これ一度だけでいいから。お願い苦しいんだ。たすけてよ、佐知子さん」
「……ああ……もう」
甘えた声で嘆願する達也に、ついに諦めたような吐息をついてしまう。
それは、達也の言葉にほだされたというよりは、手の中で猛り狂う雄肉からの圧迫に、耐え切れなくなったというのが、真実であったかもしれないが。
とにかくも、佐知子は達也を諌める言葉を途切れさせ、掴まれた手から完全に力を抜いてしまう。
佐知子の抵抗が消えると、達也は、掴んだ手を操る動きを大胆にしながら、
「ああ、いいよ。もっと、しっかり握って、佐知子さん」
鼻にかかった声で、佐知子に協力を求めた。
「…………」
佐知子は、眉を顰めて。それでも、ほんの少しだけ指先に力を入れた。
あらためて、達也の稀有な肉体の特徴が迫ってくる。
逞しすぎるほどの量感、奇怪なまでの節くれ立ち、鉄を呑んだような硬さ。
どうしても生身の肉体と信じられないような。
しかし、それは灼けるような熱を孕み、盛んに脈動しているのだ。
凄まじいほどの生のエネルギーを感じさせる、まぎれもない生身の肉。
……佐知子は、秘密の閨での裕樹との戯れを思い浮かべた。
自分の手の中で、血気盛んに猛り立つさまに、通じるものを感じたからだ。
だが、似ているのは、それだけだった。それ以外のすべてにおいて、あまりにも裕樹と達也の肉体は、かけ離れていた。
それは成長の差と片付けられる程度の違いではなかった。
(……達也くんが、凄すぎるのよ……)
実感を心中に呟く。すると、さらに胸が熱くなって、鼓動が乱れた。
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そんな、達也の特別な肉体に触れているのだと思うことが、血をざわめかせる。
それは自分でも理解できない機微で。
ただ、強い背徳の感覚だけは確かに佐知子の中にあって。
(……こんなことをして……) そう思いながら、手を離すことは出来なかった。
達也は、傍若無人に快感を求める行為を続けていたが。
佐知子の手を借りた自慰、というかたちから得られる刺激に飽きたらなくなったのか、
「ねえ、佐知子さんからも、してよ」
やや露骨な物言いで、佐知子からの積極的な行為を求めた。
「このままじゃ、いつまでも終われないよ。ねえ、おねがい」
苦しげな表情と息づかいで訴える達也を、こちらも辛そうな眼で見返して。
佐知子は、(いささか都合よく)ナースとしての使命感を持ち出すことでこの窮地を切り抜けようとする。
ベッドに縛りつけられた生活で、若い達也が活力を持て余すのは、無理もないことだから。
その苦しみを取り除いてやれるのならば、と。
「……しょ、しょうがないわね」
どこか言いわけがましく呟いて。 おずおずと、達也の剛茎を握った手を動かしはじめる。
「ああ、嬉しいよ、佐知子さん」
オーバーに感激する達也を、佐知子は恨めしそうに見つめて、
「これっきりよ? こんなことは」
「わかってるよ。だから、続けて」
うっとりと快感に浸る顔を見せて、達也は佐知子の手に添えていた手を離した。
強制から解放されて。しかし、そうなると、後は完全に自発的な行為を演じなければならないわけである。
「……佐知子さん?」
「わ、わかってるわ」 促されて。佐知子は止まりかけた手を、再び動かしはじめる。
「…早く……済ませて、達也くん」
ぎこちない動きで、野太い肉茎を擦り上げながら、達也を急かした。
とにかく、こうなったら少しでも早く終わらせることだ、と。
ひとつ覚えのようになってしまった、お題目を唱えながら。
「うん…もう少しだよ」
眼をトロンとさせて、達也が洩らした言葉を、佐知子は素直に信じた。
これほど漲っているのだから。こんなにも強く脈打っているのだから。
達也が欲望を遂げるまでは、いくらもないであろうと。
(……早く…早く……)
急く心のままに、佐知子の指先に力がこもる。擦りたてる手の動きが活発になっていく。
……しかし、佐知子の懸命な努力にも拘らず、達也の巨大な肉根は、一向に爆発の兆しを見せなかった。
(……どうして? こんなになってるのに……)
握りしめた肉体は、ますます熱くなり、ますます硬く反り返っている。
鎌首も真っ赤に血を集めて、パンパンに膨らんでいて、
その先端からは、ダラダラと先走りを吹きこぼしているのだ。
佐知子の目には、爆発寸前としか見えないのに。
(……裕樹なら、とっくに…)
という比較は、比べる対象が極端すぎて、なんの意味もなかったが。
このような状態のまま、果てもせず萎えもしない達也の強靭さが佐知子には信じられない。
「……達也くん、まだなの…?」 焦る気持ちのまま、佐知子は達也に訊いた。
懸命に達也の肉体を擦り続ける手は、重く痺れていたし、生え際には汗すら滲んでいた。
「うーん、気持ちいいんだけど…。ただ、最後までイクとなると、このままじゃあ、ちょっとねえ」
「これ以上、どうしろっていうの?」
平然たる顔で、さらに注文をつけようとする達也に、佐知子の声が尖る。
「そう言うけどさ、佐知子さん、ただ握って擦ってるだけなんだもん。それじゃあ、本当には気持ちよくなれないよ」
「そんなこと……言ったって…」
「ねえ、そんな鷲掴みじゃなくて、もう少し優しく握ってみてよ」
「優しく……」
早期決着のために、多少は達也の言うことを聞き入れる気にはなっても。
実際に佐知子がしたのは、握った指の力を緩めただけのことだった。
「うーん、そうじゃなくて」
(まったく。いい年こいて、チンポの握り方もわからねえのかよ。そんなこっちゃ、いい肉奴隷にゃあ、なれねえぞ)
まあ、年甲斐もないウブさ加減も、佐知子の魅力ではあるし。
仕込んでやるのも、また楽しからずや、と。
まずは最初のレッスンに取り掛かる達也である。佐知子の手をとって。
「もっと、こう……親指は、この裏側のクビレのあたりに…そう、そこ」
細かく、指の位置まで決めてやる、懇切丁寧な指導ぶり。
「た、達也くん……」
佐知子がたじろいだのは、わずかに指のかたちを変えただけで、淫猥な戯れ、という色合いがあからさまになってしまったからだったが。
「いい感じだよ。そのまま、ゆっくり擦ってみて」
快美を告げる達也の言葉に、これで早く終わらせられるならと、
妥協させられてしまう。ズルズルと。
「うん、イイよ。そのまま、力を加減しながら先っぽまで」
「…………」
調子に乗る達也の指図のまま、意識的に避けていた先端部まで手を滑らせていく。
凶悪に張りつめた肉傘の独特の感触が、ひどく生々しくて、佐知子は固い唾を飲み下した。
「ああ、イイよ。そこは敏感な場所だからね」
だから、とっとと終わらせたければ……という狡猾な示唆を受けいれて、慄く白い指を、充血しきった鎌首に這わせていく。
恐る恐る、撫でるように指を動かせば、ドス赤い肉瘤はビクリと反応して、切っ先から随喜のヨダレを吹きこぼした。
溢れ出る粘液が、佐知子の掌を汚す。そのヌラついた感触が、ゾワゾワと肌を粟立たせる。
(……すごい……こんなに……)
溜めこんだエネルギーの膨大さを物語るかのように、達也の先ぶれは多量で。
そして濃厚だった。手指に絡みつく粘い感触と、鼻を衝く強い性臭。
(……すごい、匂い……)
嗅いでいると、頭の芯がボーッと熱くなって。クラクラする。
「……もっと、手でこねまわすようにしてみて」
若い雄の精気にアテられて。痺れかかった意識に達也の声が届く。
「……こう…?」
佐知子は従順にそれに応じて。巨大な肉瘤に手を被せて、こねくるような動きを与える。
ネチャネチャと、擦れあう肌の間で、粘っこい音が立つ。
その響きの淫猥さに、また佐知子の胸は熱くなる。
「ああ、いい、気持ちいいよ、佐知子さん」
眼を細め、快感の声を洩らす達也を見て、佐知子の中に“もっと”という衝動が生じる。
(……そうよ、そうしなければ……終わらないもの……)
言いわけじみた科白を胸に吐いて、佐知子は行為に熱をこめていく。
達也の肉体を擦りこねくる手の動きはどんどん積極的になり、淫らがましくなっていって。
「……気持ち、いい? 達也くん」
潤んだ眼を達也に向けて、昂ぶりにかすれた声で訊いた。
「うん、すごくいいよ、佐知子さん」
蕩けた表情の裏では、冷静に佐知子のハマりこみようを観察している達也である。
「ねえ、そのまま、根元も扱いてみてよ、そうすれば、僕、すぐにイケそうだよ」
「……こう?」
誘導されて、佐知子はベッドに突いていた左手で、怒張の野太い根っこを握る。
「うん、そう、それで、同時に」
強まった快感に気もそぞろ(というフリ)の達也に促されるまま、両手で捧げるように持った巨根に扱きをくれてやる。まさに“両手に余る”長大さに感嘆しながら。
「あぁ、いいよ、佐知子さん」
あえぐような達也の声。両の手の中でひときわ強まる脈動。
佐知子もまた、両手の動きを激しくする。額に汗を浮かべ、荒い息をついて。
しかし、達也は、まだ爆ぜようとしない。
「……まだ? まだなの、達也くん?」
肩をあえがせながら、佐知子は訊いて。達也の顔を見た。見上げた。
いつの間にか、視点が低くなっている。
両手で達也の怒張を愛撫するために、自然と体勢が崩れて。
いまの佐知子は、ベッドに乗りかかるようにして。大きく広げた達也の脚の間に、ほとんど腹這う姿勢になっていた。
両肘で支える上体は、豊かな胸乳が重たく垂れ下がって、わずかに乱れた白衣の合わせからは、深い谷間さえ覗かせているのだ。
無論、達也は、ヌケ目なくその景色を楽しんでおり、そこへと手を差しこんで、見るからに柔らかそうな熟れ乳を思い切り揉みまくってやりたい衝動も感じていたが。
「もうすぐ、もう少しだよ、佐知子さん。続けて」
いやいや、ここは初志貫徹だ、と。グッと堪えて、佐知子を促す。
あぁ…と、切なげに嘆息して、佐知子は、握りしめたものへと眼を戻した。
「……早く…はやく、終わって……」
聳え立つ巨大な肉根へ直接訴えかけるように、そう呟いて、再び攻勢を強めていく。
(ケッ。そんなに出してほしけりゃ、先っちょにキスのひとつもしてみろっつーの)
実際、姿勢が崩れたことで、佐知子の顔と達也のペニスも、かなり接近しているのだった。
ケタ外れなデカブツを間近に眺めて。若い雄の臭気を濃く嗅いで。
佐知子が、その血肉を昂ぶらせていることは明らかだった。
その美貌も、細い首までも赤く朱を昇らせ、荒い呼気をついて。
上体だけをベッドに伏せた窮屈な体勢の腰が、微妙なくねりを見せている。
こんなもの……ちょいと腕を引いて、抱きすくめて。ハードなキスをかましながら、軽く乳や尻を撫でてやれば、楽勝だ、と達也は倣岸に確信する。
だが、それは予定とは違うのだ。
(まったく。美学にこだわる自分が恨めしいぜ)
ここでは、達也はこのまま佐知子の手コキで欲望を遂げるつもりである。
ようやく腰の奥で遂情が兆しはじめてもいた。
入院以来の禁欲は本当だ。それは“いまさら、オナニーなんかしてらんない”という実にふざけた理由もあったが。この機会を待っていたのも事実である。
(こんだけ溜めこんでなきゃ、到底イケなかったな)
思った以上に、佐知子は性的な技巧に不慣れであった。そのこと自体は、達也にとって不愉快ではなかったが。
しかし、このままでは、やはり物足りないので。達也は、もう少し遊ぶことにする。
グッと丹田に力を入れた。
「ああっ!?」 途端に佐知子が、驚愕の声を上げた。
佐知子の手の中、猛り立った肉鉄が、さらに硬度を増して、ググッと反り返ったのだ。
「……ああぁ…す、すごい……」
肝を拉がれて。剥き出しの驚嘆が、震える唇からこぼれる。
「凄い? 佐知子さん。僕のって凄いかな?」
「……すごい、わ……」
呆然と眼を見開いた佐知子は、達也の悪趣味な質問にも、素直に実感を答えてしまう。
「どう凄いの? 大きいってこと?」
「お、大きいわ……とても……怖いくらい…」
佐知子のボウとけぶった瞳は、達也の怒張に釘づけられたまま。両手は、巨大な肉柱を
擦りたてる動きを続けながら。耳に届く達也の問いかけに口が勝手に答えを返すのだった。
「それから?」
「……すごく、熱くて……硬い…」 それを確かめるように、佐知子の手指に力がこもる。
「……ああ、すごい……こんな、こんなの……」
「こんなの、見たことない?」 コクリ、と。佐知子はうなずいた。
そりゃそうだろうぜ、と自惚れつつ。
「佐知子さんのことを思って、こんなになってるんだよ」
「……あぁ……」 絶えいるような声を洩らして。佐知子の腰がブルッと震えた。
……こんなもんか、と満足する達也。
すっかり発情した風情の佐知子の色香に煽られていよいよ欲望がせくり上がってきている。
「ああ、もうイキそうだよ、出してほしい? 佐知子さん」
「あっ……」 “出す”という言葉の生々しさに、一瞬、佐知子の迷妄が払われる。
「ちょ、ちょっと待って、達也くん」
達也を射精まで導くために奮闘していたわけだが(途中からは目的を忘れていたきらいは多いにあるにしても)。
いざ、その時を迎えて、対処する体勢がまったく出来ていない。
慌てて、体を起こそうとした佐知子だったが、片手をガッシリと掴まれてしまう。
今度こそ爆発寸前の達也の怒張を、握ったかたちのまま。
「は、放して、達也くん」
「ああ、イキそう」
佐知子の懇願など聞かず、掴んだ手でガシガシと最後の扱きをくれて、腰を慄かせた達也。
「ま、待って」
ブワッと膨らむ感触に戦慄しながら、自由なほうの手を伸ばして、放り置かれたタオルを取ろうとする佐知子。
しかし、手が届かずに。
「達也くん、待っ……キャアッ!?」
制止の声は悲鳴へと変わる。ついに起こった噴火に。
その形容がまったく相応しいほどの、達也の爆発は盛大だった。
ビュッビュと音立てて噴き上がった男精の第一波は、咄嗟に仰け反った佐知子の顎先を掠めて、ボタボタと重たい音をさせてシーツの上に降り注いだ。
「……あ……あぁ……」
片手を中途半端な姿勢で凍りついて。佐知子は茫然と見つめた。
達也の噴火は続いて。波状的に白濁のマグマを噴出する。
凄まじい勢いで、信じられないほどに大量の精を吐き出し続ける。
それは、長大な肉の砲身を伝って、根元を握らされた佐知子の手にも流れた。
(……熱い……)
火傷しそうな、と感じながら、しかし汚される手を引こうともせず。
顎に付着した達也の体液を拭おうともせずに。
佐知子は息をつめて。ただ、達也の長い長い爆発を見守っていた。
「……フウ。スッキリしたあ。ありがとう、佐知子さん」
長く盛大な噴出がようやく終わって。
余韻にひたる顔で。暢気に感謝を口にする達也。
佐知子は無言で、達也の身体から手を離した。固く強張った表情で。
「………………」
ベットリと達也の体液に汚れた手を眺めて、かすかに眉を顰める。
タオルを取って、手を拭った。手をタオルになすりつけるように、何度か拭って。
コッテリとした白濁の液を付着させたタオルは、洗面器の湯の中に放りこんで、その横に置かれていた替えのタオルを手にした。
横たわる達也へと向いて。股座にこぼれ、腿に飛び散った精液を拭きとりはじめる。
ムッと濃厚に立ち上る性臭に、一瞬息をつめるようすを見せた。
股間を清める時には、ギクリと手が止まりかけた。あれだけ大量の精を吐き出しておきながら、さほど縮みもせずに図太い顔を見せている巨根を目にして。
しかし、佐知子は、すぐに動揺を押しこめて。手早く作業を進めた。
その手の動きは、荒っぽくはないが丁重でもなかった。
ざっと達也の体を清め終わると、拭き取った精に汚れたタオルを、やはり洗面器に放りこんで。
それから、汚れたシーツを達也の体の下から引き抜いて、まるめて床に置いた。
これで、達也の盛大な吐精の痕跡を、ひとまずは排除できたわけであり。
たちこめる臭気も、だいぶ薄れたようだった。
佐知子も、わずかに安堵するような色を見せて、しかし、表情を緩めはせずに、なおも機敏に動きまわる。
新しい下着とパジャマを達也に着せる。手を貸しながら、目を合わせようとはしない。
「佐知子さん?」 訝しそうに達也が呼んでも、佐知子は答えない。
着替えが終わると、新しいシーツを敷いた。達也を寝かせたまま、慣れた手順で難なく済ませてしまう。
これだけの作業を、佐知子は、短い時間で完了した。
達也が欲望を遂げるまでのまごつきぶりとは大違いな手際の良さだったが。
これこそが、佐知子の本来の姿だと言える。
熟練の有能なナースらしさを発揮して、手早く後始末を終えた佐知子は、洗面器と汚れたタオル・シーツを持って、洗面所へと消えた。
終始、無言。達也とはけっして目を合わせぬまま。
「……ふむ?」 ひとり残されて、思案顔になる達也。
「なにを、プリプリしてんのかなあ、佐知子ちゃんは?」
さっきまで、ひとのチンポ握って、ウットリしてたくせによ、と哂って。
とりあえず、対応のパターンなど確認しながら、待つ。
……充分な検討の時間を達也に与えるくらいの間をおいて、佐知子が戻ってきた。
化粧を落としていた。顎に飛んだ達也の精液を洗い落すのと一緒に流してしまったらしい。
病室に入って、すぐに佐知子は足を止めて、顔をしかめて周囲を見回した。
まだ、室内に残る臭いに気づいたようだった。
ツカツカと窓辺に寄って、大きく窓を開け放った。
入りこんでくる新鮮な外気を味わうように、顔を上げる。
そして、しばし、窓の外を向いたまま佇んだ。
「……佐知子さん?」 一向に振り向こうとしない佐知子の背に、達也が声をかける。
「どうしたの? なにか、怒ってる?」
「………………」 窓枠を掴んだ佐知子の手に、ギュッと力がこもって。
思い切ったふうに、佐知子は振り返った。
化粧を落として。先ほどまでの華やかさは失われていたけれど。
それでも、充分に佐知子は美しかった。もともと、普段は、ほんのかたちばかりの薄化粧しかしていない佐知子だから、素っぴんでも、ほとんど印象は変わらない。
いまは、強い怒りの色が、その美貌を彩っていた。かたちの良い眉を吊り上げて。
「ど、どうしたのさ?」 驚きを装いながら。達也が内心に浮かべていたのは、
(この女の怒った顔は悪くないんだが。こんなツラを見れるのも、あと少しの間だな)
という、フザけた述懐であった。
「……こんな」 低く押し殺した声で、佐知子が言った。
「こんなことを、させるために……あんなことを言ったのね」
「え?なに、どういうこと?」 こんな、あんな、じゃ解らないといったふうに。
しかし、その達也の反応は、いっそう佐知子の怒りを刺激したらしかった。
「こんな、いやらしいことをさせるために、あんな調子のいいことを言ったのでしょう!? 最初から、それが目的だったんだわ」
声を荒げて、キメつけた。
「ちょっ、落ち着いてよ、佐知子さん。調子のいいことって?」
「……朝、達也くんが言ってたことよ…」
「朝、って、佐知子さんに好きだって言ったこと?」
「……そうよ…」
ボソリと呟いて。佐知子は、あらためて恥辱の感情を掻き立てらたのか、
「い、いきなり、おかしなことを言い出すと思えば、こんな」
声を高くして、口早にまくしたてた。
「……ふうん……」 スッと達也から表情が消えて。
真っ向から見つめる眼が、佐知子をたじろがせた。
「つまり。最初から、その“いやらしいこと”をさせることだけが目的で。好きだって言ったのも、そのための方便だったって。そう言いたいの? 佐知子さんは」
「だ、だって…」
そんなふうに問い返されれば、自分が、殊更に悪意的な解釈をしているようにも思われて。微かに責める色を湛えた達也の視線が、胸に痛かったけれど。
しかし、この時の佐知子は、自分でも理解できない激情に衝き動かされていて。
「だって、そうとしか…それくらいしか、考えようがないじゃないの!」
ヒステリックな叫びを、達也にぶつけてしまうのだった。
「どうして、そうなるのさ?」
達也は問い返した。冷ややかな口調と表情を“選択”して。
それは、ここまで佐知子に対しては、けっして見せなかった顔で。
佐知子は、また、ビクリとひるむようすを見せながらも、
「そうとしか考えられないもの。そんな企みでもなければ、私のことなんかを」
対抗するように声を張ったが。
「私の、ことなんかを……」
自分の言葉に、強い悲しみの感情がこみあげてきて尻すぼみに言葉を途切れさせてしまう。
しばし、重苦しい沈黙がとざした。
昂ぶりに頬を染めて。佐知子は眼を伏せて立ち竦んでいる。
しかし、その場に佇んでいるその姿こそが、佐知子の本心の表れだと、達也は見抜いた。
達也の告白に惑乱させられ、巧みに誘導されて、破廉恥な行いをしてしまった。
その流れを、“騙された”と(実は正しく)解釈して。達也を詰って。
そして、達也の傍に留まる佐知子は、つまりは釈明を求めている。
自分の決めつけを否定してもらいたがっているのだ、と正確に見抜いた達也は。
「佐知子さん」
落ち着いた、穏やかな声で呼びかけた。佐知子の望む言葉をくれてやるために。
「僕は、佐知子さんが好きだよ。それは本当の気持ち」
「…………」
佐知子は、さらに俯く角度を深くして、力なくかぶりを横にふった。何度も。
達也は続けた。
「そして、好きだから、佐知子さんに欲望を感じる。抱きしめたい、キスしたいって思ってしまう。……その先のことだって、ね」
「…………」
「佐知子さんに、あんなことをしてもらって。本当に、気持ちよかった。もう死んでもいいって思うくらいに。こんなに気持ちよかったのは、はじめて」
「…………」
「それは、佐知子さんだから。はじめて本気で好きになったひとだから」
「…………」
「それで……つい、欲張りになってしまったと思う。もっともっとって。佐知子さんにイヤな思いをさせてしまったかもしれない。それは、謝るよ」
「…………」
「でも。僕も男だから。佐知子さんを好きだっていう気持ちと、佐知子さんが欲しいっていう欲望を、わけることはできない。それは、いけないことなのかな?」
「……おかしい…わ……そんなの……」 消え入るような声で、佐知子が呟いた。
その面は、さらに上気して。双眸は潤んでいる。
「……私、なんかを……」
「信じてもらえないの? 僕の気持ち」
「……信じられない、わ……」 頑なな言葉は、しかし微妙な響きを帯びて。
“信じたい”という、佐知子自身まだ認めていない本音を見え隠れさせていた。
「いいよ。いつかは佐知子さんに信じさせてみせるから」
「もう……その話はやめましょう、達也くん」
懇願するように。いまさらな言葉を口にする佐知子。
(なーにが、やめましょうだよ。散々、歯の浮くようなセリフ言わせといて、キッチリ最後まで聞いといてよ。満足したか? 俺のキモチを確認できてよ)
毒づきながら眺める達也の前で、怒りの色を消した佐知子は、急に居たたまれなくなったようすを見せて。
わざとらしく時計を確認して、
「私、詰め所に戻る時間だから。なにかあったら、コールして」
言い訳がましく、そう言い残して。そそくさと部屋を出ていこうとする。
「なるべく早く帰ってきてね」
背にかけた達也の言葉にも答えることなく、逃げるように出ていった。
「……やれやれ」 呆れたように、ひとりごちて。
「化粧を落としたこと、どう言い訳する気かね?」
心配……するわけもなく。部下のナースたちの前でうろたえて、しどろもどろに言い繕う佐知子の姿を思い浮かべて、笑う。
「そろそろ、楽にしてやっか。充分、楽しんだしな」
ニンマリと口の端を歪めた。
-9-
ここ数日、裕樹の学校での生活は、おおむね平穏であった。
おおむね、というのは、ひとつだけ妙な事態が起こっているからである。
この日も、そうなった。
「よお、越野。帰るんか?」
放課のHRも終わって、帰り支度をしていた裕樹に気安い声をかけたのは、高本だった。
「あ、うん…」 ……やはり、今日もか、と思いながら、当惑顔で答える裕樹。
「ヒマだったら、ちょっと付き合ってくれよ」
イカつい顔に、にこやかな笑みを浮かべて、高本が誘う。
以前なら、またイジメの口実かと疑ってしかるべき場面なのだが。
どうも、そうではないらしいから、逆に裕樹は困惑してしまうのである。
数日前、あの宇崎達也が入院した日の朝、はじめて裕樹は高本に反抗した。
その後、なんらかの報復があるものと、警戒していたのだが。
『気に入った。越野は、ナリは小さいが、いい根性してる』
翌日、登校してきた高本は、意外にも、そんなことを言い出した。
そして、その言葉どおりに、裕樹に対して、やたらとフレンドリーな接近を開始したのである。
裕樹にすれば、安堵より薄気味の悪さを感じてしまう、高本の豹変ぶりであった。
当然、簡単に信じる気にはなれない。
たとえ高本が本気であったとしても、はいそうですか、と受け入れられるはずもなかった。
“勝手なこと、言うなよな”というのが、正直なところである。
だから、放課後の誘いも断ってきたのだが。
こう連日だと、ちょっと悪いかな、という気になってしまう。
高本がまた、これまでの裕樹の拒絶にも、怒るでもなく、ただ残念そうに引き下がるものだから。
お人よしの裕樹としては、余計にプレッシャーを感じてしまっていた。
「あ、でも……」 だから、歯切れが悪くなってしまう。
それでも、誘いに乗る気はない。乗ったところで、どうしようもない、とも思う。
(話が合うわけもないし…) しかし、この日の高本は、やけに熱心であった。
「そう言わないでさ。ちょっとでいいから。越野に相談に乗ってほしいことがあるんだよ」
「相談…?」
「そう。おまえを見こんで、知恵を貸してほしいことがあんの」
「え、でも、それだったら」
裕樹は、少し離れた位置に立って、ふたりのやりとりを眺めている市村を見やった。
「僕なんかより、市村くんの方が…」
「それがダメなのよ。市やんは確かに頭イイけど。これは、市やん向きの話じゃないの。な、頼む。ちょっとでいいから」
片手拝みに、頼みこまれて。裕樹は、それ以上の拒絶を封じられてしまう。
「じゃあ、少しだけなら…」
要領を得ない用件だし、まったく気は進まなかったが。押し切られるかたちで承諾してしまった。
「悪い。恩にきるぜ」
……というような次第で、不揃いな三人組は、夕方のファースト・フード店の一角に座をしめていた。
「越野、ほんとにそれだけでいいのか? 遠慮すんな、好きなもん食えよ」
自分は三つもハンバーガーを買って、さっそく一つ目にカブリつきながら、高本が聞いた。せっかく奢ると言ってるのに、コーラしか頼まなかった裕樹に納得がいかないらしい。
「う、うん、僕はいいよ。これで」
裕樹は、別に遠慮したわけではなくて。こんな時間に間食したら、母の作ってくれる夕食が食べられなくなるし。
なにより、長居をする気はさらさらないのである。
「……それで、相談って?」
だから、自分から切り出した。とっとと話を終わらせて帰りたい。
「ああ、それなんだけどさ」
秒殺したバーガーを、コーラで流しこんだ高本が、真面目な顔を作る。
「実は、相談ってのは、俺の友達の話なんだけど」
「友達? 高本くんの?」
「ああ。そいつが悩んでるんで、俺も力になりてえんだけどよ。どうも、わからなくてさ」
ずいぶん迂遠な話だな、と裕樹は思った。
高本の友人といえば、宇崎達也と市村くらいしか思いあたらないが。
(まあ、宇崎の場合は、友人というより親分子分の関係に見えるけど)
市村は、いま高本の隣で、押し黙ってコーヒーを飲んでいるし。
高本の気安い口ぶりから、宇崎達也のことだとも思えなかった。
他の学校のワル仲間ってとこか、と裕樹はテキトーにあたりをつけた。
「そんで、越野なら、なんかズバッと、いいこと言ってくれるんじゃないかと思ってよ」
そこがわからない、と疑わしげな顔になる裕樹には構わず、高本は続けた。
「で、どういう問題かっつーとだな。ぶっちゃけ、“女”のことなんだわ」
「えっ?」
「そのダチにさ、好きな女が出来たんだけど。いろいろムズかしくて悩んでるんだな」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てる裕樹。よりによって、そんな類の問題だとは思わなかった。
「そ、それで、なんで僕なの?」
「だってさ、市やんは、この手のことにゃあ、まるで興味ないし。俺も、ハズカシながら、あまり得意じゃないんだよなあ」
「そんなの、僕だって…」
「んなこたあ、ねえだろう? 越野は顔もいいし、女子にも人気あるじゃん」
「そ、そんなことないよ」
「それによ、こないだのことでわかったけど、肝も座ってるしな。なんつーか、大人っぽい感じがするんだよな」
妙に熱をこめて、もちあげる高本だったが。同じ口で、つい数日前までは裕樹を小学生呼ばわりしていたのだから、やはり無理がある。
「………………」 からかわれているのかな? と当然な疑いをわかせる裕樹。
しかし、高本の口ぶりには皮肉や揶揄の調子はなかった。
だいたい、オチョくることだけが目的にしては、手がこみすぎている、と思う。
「…わかったよ。とりあえず話を聞くよ。僕なんかじゃ、なにもわかんないと思うけど…」
「ああ、ありがてえ。うん、聞くだけ聞いて、越野が思うことを言ってくれりゃいいよ」
気楽に言って、高本は身を乗り出してくる。
「そんでな。そのダチが惚れた女ってのが、まあ、ちょっとムズかしいのよ」
「むずかしい?」
「そう。まず、かなり年上なんだな」
「いくつなの?」
「えーと……いくつ?あの女」 隣を向いて、市村に尋ねる。
市村は、ちょっと考えて、
「……三十は越えてるんじゃないか」
「そんなに?え、その高本くんの友達は、いくつなの?」
「タメだよ。な、驚くよな?」
「う、うん」
「たしかにさあ、オレや市やんも見たんだけど、いい女ではあるのよ。顔もいいし、体つきも色っぽいしさ。だけど、なあ?けっこう大きなガキもいるってんだぜ、その女」
「結婚してるの!?」
「う、ああ……えっと」 また市村に頼る高本。
「結婚してたけど、いまは旦那はいないらしい。……母ひとり子ひとり、だったかな」
「そうなんだ…」 うちと同じか、と裕樹は思った。
「まあ、独りものだから、不倫とかってことにゃあならねえんだけども。なにも、そんな年上に惚れなくたってなあ?」
「う、うん……」
「オレにゃあ、理解できねえんだけどさ。そいつはマジ惚れしちゃってるわけよ。どう思うよ、越野?」
「どう、って……」
「ダチの気持ち、理解できる?」
「え、どうだろ……」
「越野は、どうよ? 年上、好き?」
「そ、そんなの、急に聞かれたって…」
そう言いながら、母のことを思い浮かべてしまう裕樹。
(ママみたいなひとだったら……)などと考えると、満更でもなく思えて。
なんとなくだが、その高本の友人の気持ちもわかる気がした。
「それで……その高本くんの友達は、なにか行動に出てるの?」
裕樹の方から質問した。少しづつ話題に引きこまれている。
「ああ。かなりアプローチはかけてるみたいよ。な?」
「うん。なかなか涙ぐましいものがあるな。あれは」
「そうなんだ。なんか、スゴイね」
「スゴイっちゅうか、まあ、ようやるわとは思うね。あんなオバサン相手によ」
「オバサン……かな?」
その呼び方には違和感があって、つい反駁してしまった。
「うん?」
「い、いや、それくらいの年なら、まだオバサンとは言えないんじゃないかって」
市村の言葉から、裕樹は、話題の女性は三十歳くらいなのだと思いこんでしまっていた。
ならば、裕樹の母・佐知子よりも、だいぶ若い。
美しい母のことを、オバサンなどと思ったことはない裕樹だから、つい、その見知らぬ女性のことも庇いたくなってしまったのだった。
「およ? なに、越野も年上趣味なの?」
「そ、そんなんじゃないけど」
「隠すことねーじゃん。そうかそうか、こりゃ、相談してよかったなあ」
「だから、違うってば」 勝手に納得する高本に、躍起になって否定する裕樹。
それを眺めていた市村が口を挟む。
「まあ、年くっても綺麗な女はいるよな」
「そう、だよね?僕も、それが言いたかっただけだから」 裕樹は、しきりに頷いた。
「ふーん。じゃあ、オレのダチの気持ち、わかる? 越野には」
「わかるっていうか……そういうこともあるんじゃないかなって」
「ほほう。や、こりゃあ、越野に相談して正解だったなあ、やっぱ」
やけに感心して、そう繰り返したあと。
急に高本はニヤリと口の端を吊り上げて、
「ひょっとしてよう。越野の彼女も年上か?」
「えっ!?」
「その彼女と、とっくに経験ずみなんじゃねえの」
「な、なにを」
軽い冗談のような言葉に、裕樹は、つい過剰な反応をしてしまう。
「お、その慌てぶり。マジかよ?」
そう聞きながら。実のところ、高本は、んなわけねえだろ、と思っている。
こんなガキっぽいチビすけに女なんかいるわけない、勿論ドーテイに決まってる。
「違うよっ」 だから、まったく必要もない否定に力をこめる裕樹を、
(なにムキになってやがんだ、バカ)と内心で嘲っていた。
しかし。
確かに、越野裕樹は、幼く奥手で、異性とつきあったこともない、それは事実だったが。
だが、童貞ではないのだ。まがりなりにも、女の体を、セックスを知っているのだ。
しかも、相手は実の母親である。
母子相姦。裕樹自身には、なんの抵抗もないが。社会的には禁忌の行為であることは承知している。
だからこそ、高本の言葉に、思わず過敏な反応を示してしまったのだった。
「……僕のことは関係ないだろ」
それを取り繕うように、つっけんどんに裕樹は言った。

Last Update : 2008年12月04日 (木) 7:35