堕とされた母 ⑫

「今日は、一段と激しいじゃない、佐知子さん」
肉根の切っ先で、臀肌をなぞりながら、達也が言った。
「あぁん、だってぇ…」 熱く硬い感触に気もそぞろなようすで、佐知子は答える。
「だって、昨日は一度も…」
抱えられた臀を微妙に蠢かせる。這いまわる達也の先端を、待ち望む場所に誘いこもうとする意志を見せて。
「ああ、そういや、そうだったね」
中心へと誘おうとする巨臀の動きをいなして、達也はあくまでも臀丘の表面だけをなぞる。ぬめ白い肌に、極太の筆で字を書くように。
「でも、たった一日だよ? 一日空いただけで、そんなに我慢できないの?」
「あぁ、だって、達也くんが、毎日、何度も…」
「何度もしてるから、クセになっちゃったって? それじゃあ、セックス中毒じゃないか」
「ああ…ひどいわ……」
「そう言いながら、このケツの動きはなに? 必死にチ○ポ咥えこもうとしてさ」
ピシャリ、と。淫らがましい蠢きを続ける熟れ臀に平手を叩きつけた。
「やっぱり、チ○ポ中毒だね、これじゃあ」 ああ、と。佐知子は恥辱に啼いて、
「た、達也くんだけよ。してほしいのは、達也くんだけだものっ」
だから、早く犯してくれと、身悶えるのだったが。
「本当かなあ」 達也は、疑わしげな声で、狂熱に水を差した。
「…えっ…?」
「本当に、僕だけなのかなって」
「なっ!?」 佐知子は絶句して、ハメ乞いの身動ぎも止めて、達也をふりかえった。
「なにを言うの?」 心外な、という憤懣を浮かべて、達也を睨むようにした。
達也は平然と佐知子の視線を受け止めて、
「だってさ。こんなに、スキモノぶりを見せられちゃうとね」
「そんなことっ、達也くんだから、私っ」
「たとえば、昨日は僕とできなかったから。代わりに、誰かのチ○ポ、咥えこんでたんじゃないか、とかね」
「そんなわけっ……」 否定を叫ぶ声が、半ばで途絶えて。佐知子はハッと息をのんだ。
ここでやっと、裕樹との昨夜の行為を思い出したのだった。
他の男の存在を疑われても、即座には思い浮かばなかったのは、裕樹は、あくまでも息子であって、男ではないという佐知子なりの認識によるものだったが。
しかし、昨夜、久しぶりに裕樹の求めに応じて、身体を与えたのは事実である。
その事実に思い至ったから、佐知子は言いよどんで。それを隠すために、
「そ、そんなわけ、ないでしょうっ」 ことさらに語気を強めて、言い放ったのだが。
無論、その動揺はあからさまに達也に伝わって。
「……ふうん…」 疑念を強めた達也は、本格的に追及に乗り出す。
膝を進め、怒張の先端を、佐知子の秘裂へと差しこんだ。
「ああっ!?」 繊細な湿地に、灼熱の肉塊を感知して、佐知子が驚きの声を上げる。
唐突な再開だったが、いまの危うい会話がウヤムヤになることは、佐知子にとっても歓迎すべきことだったので、
「き、来てえっ」
佐知子は四つ足の獣のポーズを極めなおすと、意識した媚声で、達也の突入を求めた。
しかし、肉槍の先端は、待ち受ける肉唇を穿つことなく、
「ん……あああっ!?」
蜜にまみれた肉弁を硬いエラで擦りたてながら、ズルリとすりぬけてしまった。
「な、なにっ? 達也くん」
女肉の表面を強く擦られる刺激に嬌声を洩らしたあとに、佐知子は当惑して訊いた。
達也の長大な肉根は、ピッタリと佐知子の秘裂にあてがわれている。
「あん、いやよ、こんなの、ちゃんと、ちゃんとしてっ」
蕩けた媚肉に背を埋めるようにして触れた達也の肉体の、量感、硬さ、熱と脈動を感じ取ることで性感を炙られて、佐知子は切なく叫んだ。
しかし、達也は真っ当な挿入の動きを起こさず、悶えようとする佐知子の臀もガッシリと押さえこんで。
「……ハッキリさせないうちは、入れる気にならないから」
「そ、そんなっ…」
話を立ち消えにする気はなかったのだと悟らされて、佐知子が悲痛な声を上げる。
「考えてみたよ。僕以外に、佐知子さんとセックスしてる男がいるとしたら、どんな奴だろうって」
「だから、誰もいないって言って…」
何故、達也が急にそんなことを言い出したのか、執拗に拘るのか、解らず。
しかし、今度は裕樹のことが頭にあるから、いっそう必死に佐知子は打ち消そうとする。
そうしながら、スマタ状態で押しあてられた達也の肉根の存在にも意識をとられてしまうから。佐知子は混乱を強めていく。
達也は、それを見透かして、
「そうだなあ…」 いきなり、核心をつく。
「たとえば、裕樹くんとか」
「…っ!?」 まさか、いきなり裕樹の名を出されるとは思ってもいなかったので。
甚大な衝撃に見舞われた佐知子は、脆くも、茫然自失といったていを晒してしまう。
後ろどりに臀を抱かれて、達也にはわずかに横顔を見せるだけの体勢ではあっても、そのあからさまな反応は、ハッキリと伝わった。
(……ビンゴだよ、浩次)
まあ、さほど手こずるとは思っていなかったが。それにしたって、あまりに呆気なく事実は判明してしまって。
取り合えず、達也は悪友の勘の良さに感心しておいた。
「な、なにを、馬鹿なこと言わないで、達也くんっ」
下では自失から醒めた佐知子が、上擦った声で叫びはじめる。いまさらに。
「そんなこと、あるわけないわっ、親子で、そんなことっ」
達也の推測を笑いとばし、馬鹿げた妄言と片付けようとして、完全に失敗していた。
佐知子もそれは自覚して、その意識がいっそう動揺を強めて。
緊急事態に、淫らな姿勢を崩そうとするが、達也の手によって封じられる。
「佐知子さんは、嘘がヘタだね」
「う、嘘じゃ……ヒイイッ」
決めつけに反発しようとしたところを、ズリリと股座にあてがわれた剛直を動かされて佐知子は甲走った叫びを迸らせる。
達也はなおも大きく腰をふって長大なペニスで佐知子の秘肉の表面を連続して擦りたてた。
「アヒッ、や、達也くん、待って、話を、ンアアアッ」
「そりゃあ、僕もショックだけどね。まさか、佐知子さんが、自分の子供と」
「ち、違う、ちがうわ、そんなこと、してないっ」
母子相姦を、まるで既定の事実として話を進める達也に、必死に反駁する佐知子だったが。
「私たちは、そんな……ヒッあああ、そこっ、そこダメッ」
達也が荒腰を使い、デカマラの凶悪なカリの張り出しに、ゴツゴツとした節くれだちに発情した女肉をこそげるように擦られれば、否定の言葉はヨガリの啼きにまぎれてしまう。
特に、充血して莢から剥け出した肉芽を、硬い肉傘でグリグリとくじられると、眼前に火花が散って、佐知子は喉を反らして快感を叫んだ。
「ヒッ、あ、いっ、イイッ、ああ、そこ、もっと、もっとっ」
いつしか、達也の動きにあわせて、自分からも腰をふって、この擬似的な性交からより大きな快感を貪ろうとしていた。
だが、そのまま悦楽の中に溺れこむことを、達也は許さない。
「裕樹くんとする時も、そんなふうに啼くの?」
ヨガる佐知子の背に身体を被せるようにして、耳に口をよせて。
いっそ優しげな声で囁く。
「やあぁ、してないっ、してないわっ、裕樹となんて」
滅茶苦茶に頭をふって、佐知子は強硬に否定する。
たとえ事実を見透かされたとしても、自分の口からは認められるわけがなかった。
証拠などは存在しないのだから、認めさえしなければ……という、佐知子の決死の覚悟は、達也も承知しているが。それで、どこまで持ちこたえられるものか、と。
“まあ、せいぜい愉しませてくれよ”という程度のことである。
「アアアッ、そこ、そこ、いいっ、もっと」
また達也が、佐知子の女芯を集中的に攻め立てて、切迫した声を絞り出させる。
「あっ、イきそ、いいっ、イっちゃう、アッアッ」
勿論、イかせてなどやらない。直前で腰を引いて、クリから亀頭を離してやる。
「アッ、ああん、やあぁ」 口惜しげな声で佐知子が泣いて、四つん這いの腰をくねらせる。
……これを何度か繰り返してやれば、自白は引き出せるだろうが。
他にもルートはないか、と。達也が思考をめぐらすのは、それくらいのことだった。
「あぁ、達也くぅん…」
またも寸止めを食わせて、そのまま動きを弱めてしまった達也へと、佐知子がふり向く。
「おねがいよ、私、もう」 押さえこまれた巨臀を精一杯に揺すって嫋々たる声で訴える。
達也の疑惑を払拭するより先に、肉体のほうが追いこまれていた。
「いやらしい顔だな」 冷たい眼で見下ろして。達也は、またユルユルと腰を送りはじめる。
「あっ、イッ、いいっ」
「いやらしい声」 せせら笑って、
「息子のことも、そんな、いやらしい顔で、いやらしい声で誘うんだろ?」
「いやぁっ、違う、そんなこと」 すると、達也はまた表情を和らげ、声を優しくして、
「どうして、そんなに隠そうとするの?この期になって」 そう問いかけた。
「僕と佐知子さんの間でさ。僕たちのことだって、世間には秘密なんだから、同じようなものじゃない?」
「ああ、そんな、でも…アッ、あはぁ」
強引にすぎる達也の理屈に、しかし佐知子は、明らかにフラついていた。
達也の言葉よりも、やはり秘裂に受ける刺激が効いている。鋼のような牡肉に燃え盛る雌肉を擦りたてられる快美が、絶対の決意を溶かそうとする。
「ほら、キモチいい? 裕樹くんとするのと、どっちがイイ?」
「あっ、違う、裕樹とは、こんなことは、こんなに、ヒッ、アヒッ」
否定の言葉が、怪しくなっていく。
「やっぱり、血を分けた息子のほうが、キモチいのかな? 僕なんかとするより」
「そ、そんなことっ…」
「うん? どうなの? どっちがイイの?」
「あああ、違う、裕樹とは、してない、してないわっ」
支離滅裂になりながらも、辛うじて踏みとどまる佐知子。
このまま力押しでも、じきに土俵を割るだろうが。
あえて達也は手法を変えてみる。気まぐれは、もう余裕の表れだった。
ズルッ、と。佐知子の淫汁にまみれた肉竿を秘裂から引き剥がした。
「あぁん、いやぁ」 ムズがり泣きとともに、追いすがろうとする臀の動きを掣肘して、
「……どうしても、僕には打ち開けてくれないんだね」 寂しげな声で、言った。
「やっぱり、佐知子さんにとっては、裕樹くんのほうが大事ってことか」
「……た、達也くん…?」
「ま、当たり前か。親子だもんな。僕なんかより、ずっと強い絆で結ばれてるんだよね」
「そ、それは…」 急に、しおらしい言葉を口にして、佐知子を困惑させながら。
しかし達也は、それとは矛盾した行動に出る。
片手で淫蜜まみれの剛直を握ると今度は正しき角度で佐知子の肉唇に押し当てたのだった。
「ああっ!? た、達也くんっ」
それだけで佐知子は、思いがけぬ方向へ進みかけた会話への当惑など吹き飛ばされて。
「いいのっ、来てっ、そのまま」
濡れた肉孔を拡張される、すでに馴染みの感覚に、歓悦の叫びを上げて。グッと四肢を踏んばった。
しかし巨大な肉冠の、ほんの先っぽをトロットロの女陰に埋めただけで、侵入は止まった。
「あん、やあぁ、もっと、来てぇっ」
佐知子の悶えと叫びが狂おしくなる。待ち望んだモノを、ちょっぴりだけ与えられたことが、肉の焦燥を煽って。
その懇願は、叶えられるかに思われた。
ジンワリと、巨大な肉傘は突き進んで。
「ク、ク……アアアアッ」
秘肉が軋む感覚、これも馴染みとなった甘い苦痛に、佐知子は両手でシーツを掴みしめブルブルと、汗にまみれた裸身を震わせて耐えた。
「ん、アッ、い、いいのっ、来て、そのまま」
最も太い鎌首の部分が侵入を果して、あとは一息に最奥まで貫いてもらうだけ、と。
疼く子宮が、硬い牡肉で激しく叩かれることを、待ち構えたのだが。
「う、アッ? い、いやっ、ダメッ」
せっかくハマりこんだ鎌首はその先へは進まず。どころかズルリと引き抜かれてしまった。
「いやああああっ」 ようやく咥えこんだモノを、あっさりと抜き取られてしまって。
巨大な喪失の感覚に女陰を収縮させながら、佐知子はほとんど号泣する。
「いやっ、ひどい、達也くん、おねがいっ」 半狂乱の泣き喚き。
それを鎮めたのは、発狂寸前の女肉に、再びあてがわれた剛直の感触だった。
「ああぁ……」 佐知子は熱い息を吐いて、ゴクリと唾をのむ。
まさにペニス一本でいいように操られている自分の無様さ滑稽さなど顧みる余裕はなくて。
「……お、おねがい、達也くん……」
すすり泣くような声で訴えた。まるで、叫び喚けば、秘裂にとまった男根がまた逃げてしまうと恐れるみたいに、声を抑えて。
「入れて、オチンチン、入れてぇ、私、もう…気が変になっちゃう」
哀切なほどの懇請に、達也は応とも否とも答えずに。
「……裕樹くんほど、佐知子さんをキモチよくさせてあげられないなら。虚しいよね」
淡々と。何事もなかったかのように話を蒸し返す。
「ああ、まだ、そんなこと…」
「どうなの?僕と、裕樹くんと。どっちのチ○ポが好きなのさ?どっちにオマ○コされるほうが、キモチいいの?」
執拗に問い質しながら。達也はユルユルと腰を蠢かせて。
佐知子の淫裂に押しあてられた肉根は、わずかに狙いを逸らしていて。
女蜜に濡れ輝く会陰から肛門のあたりを、擦り上げ擦り下ろす。
その度に、佐知子は、ビクリビクリと過敏な反応を示して、ヒッヒと喉を鳴らした。
まともな思考や判断が働く状態ではなくなっていた。
それでも、母子の秘密だけは絶対に守り通さねばならないのだけれど。
でも……達也は、もう自分たち母子の関係を知っている。
そうなのだと決めつけて、いくら否定しても聞いてはくれない。
そして、事実は達也の思っている通りなのだから……。
頑なに否定し続けることに、意味があるのだろうか?
「やっぱり、息子のチ○ポのほうが好きなんだろ?僕とするより、キモチいいんだろ?」
「そ、そんなこと、な…」
官能を炙られながらの達也からの問いに、秘密より先に肉体の本音を口走りかけて、危うく、佐知子は口を噤んだ。
駄目だ、ダメだ。絶対に、自分から認めるわけにはいかない。
そんな……そんなことを告白してしまったら。
なんという女だ、と。いままで、そんなことを隠していたのか、と。
蔑まれ、呆れ果てられて。
タツヤクンニ、ステラレテシマウカモシレナイ……
「……やっぱり、僕には打ち明けてくれないんだ」
また、達也はそう言った。もう、声に悲しげな響き、というような演技もせずに。
その冷淡さが、佐知子をドキリとさせる。
「た、達也くん……?」
「母子の絆には、かなわないってことか」
やけに納得したような語りが、すでに頑なな事実の否定さえ達也への執着のゆえ、という逸脱をきたしていた佐知子を追いつめる。
「佐知子さんは僕だけのものだって思ってたけど……違ったんだね」
四つん這いの姿勢から不安げな顔でふり仰ぐ佐知子を、達也は無感情な眼で見下ろす。
「僕は、佐知子さんと裕樹くんの間に、割りこんじゃっただけなのか」
フッと、自嘲的な笑みを浮かべて、
「それでも、裏切られた気分だな。勝手かもしれないけど」
「そん…な…」 呆然と佐知子は呟く。面からは血の気が引いていた。
もう達也は、佐知子に告白を強いてはいない。 “選択”を求めている。
このまま、事実を否定しぬくことで、母親としての自分を貫くのか。
それとも、事実を認めた上で、達也の女として“不義”を弁解するか。
裕樹を守るのか、達也に媚びるのか。
……思いもかけぬ択一を前にして、凍りつく佐知子だったが。
迷った、という時点で答えは出ていたのかもしれない。
そして。
「いくら、佐知子さんを好きになっても、裕樹くんにはかなわないなら…」
言い捨てるような達也の、その先の言葉だけは聞きたくない、と。
「ち、違う、ちがうのよっ」 佐知子は叫んでいた。
「裕樹とのことは違うの、達也くんとは違うのよ」
あっさりと“絶対の秘密”であったはずの息子との関係を暴露して。
ただ達也の“誤解”をとこうと、佐知子は必死になる。
「違うって、どう違うのさ?」
「裕樹のことは、甘えさせてただけなのっ、まだ子供だから」
ついに事実を認めて。それが、どれだけ重大な選択となってしまったかさえ自覚しないように。ただ懸命に佐知子は弁解する。
身体をねじって、臀を抱えた達也の腕を掴みしめて。
「女として抱かれてたわけじゃないの、だから、達也くんとは違う」
「まだ子供って、僕と裕樹くんは同い年だよ?」 からかうような言葉には強く頭をふって、
「違う、達也くんは大人だから、男だから、裕樹とは違うもの」
「ふーん……つまり、僕には女として抱かれて、裕樹は母親として抱いてたって。そう言いたいわけね」
「そう、そうよ、そうなの」
何度も、佐知子はうなずいた。事実、佐知子の意識は、その通りのものだったから。
だからこそ、達也にも裕樹にも、背信を働いている意識は持たなかったのだが。
「ムシのいい話だなあ」 達也の冷笑が胸を刺す。
「母親として、甘えさせてただけっつったって。息子とセックスしてたことは間違いないんだろ?昨日だって、一日僕と出来なかったら、途端に裕樹のチ○ポ咥えこんでさ。いい気なもんじゃないか」
「ああぁ……ゆるして、達也くん…」
酷い言葉に、涙声で赦しを乞うた。母子相姦という破倫の所業を恥じるよりも達也以外の相手に身体を許してしまったことを悔いている。
“不貞”を詫びる気持ちになって、
「もうしないわ、もう裕樹とは、しないから」 佐知子は自分から、そう言った。
「まあ、そのほうがいいだろうねえ。倫理的にも」 皮肉に、達也は笑って、
「けど、本当にやめられるのかな?」
「ほ、本当よ、約束するわ」
「でも、タブーを冒すのは蜜の味だっていうし」 冗談めかして言って。
達也は腰を進めると猛々しい威勢を保つ怒張を、また佐知子の秘裂へと圧しつけていった。
「アッ、ああっ!? た、達也、くんっ」
「……ね? こんな淫乱な佐知子さんが、さ」
突然の行為に驚きながら、鋭敏に感応する佐知子を嘲笑して、
「スンナリ、それを捨てられるのかなあ、って」
「ヒッ、あ、捨て、捨てるから、本当に、絶対に、しないから」
肉唇へとあてがわれ、ジンワリと圧しこんでくる硬い牡肉の感触に、佐知子は昂ぶった声を迸らせた。
「だ、だから、来て、そのまま、あっ、いいっ、来てぇっ」
こんな成り行きのあとに、達也が交わろうとする動きを見せてくれたことに狂喜して。
そのまま貫き通してくれ、という希求を四つに這った肢体に滲ませる。
「んんあああ、入っ…て、入ってくる、太い、ああ、いいっ」
巨大な肉根は、ゆっくりと、しかし、はぐらかす動きは見せずに、ズブズブと抉りこんだ。長大な砲身の半ばまでを、佐知子の肉孔へと埋めこんで、いったん侵入を停める。
「ん、あぁ、達也くぅん…」
甘美な肉の軋みを味わっていた佐知子は、うっとりと開いた眼で達也を見返った。
まだ侵略は途中でも、秘肉を引き裂くような逞しさと、獰猛なまでの力感が、佐知子の身も心も痺れさせて。
「スゴイの、達也くんのオチンチン、好きなの、これが」
佐知子は、かきたてられる肉の悦びと隷属の心を、蕩けた声で訴えて、
「ね、きて、もっと奥まで、入れて、貫いてっ」
さらなる蹂躙を、痛いほどに子宮を叩かれ、息がつまるほど突き上げられる、あの至上の愉悦を乞い求める。
「裕樹のチ○ポと、どっちがいい?」 だが返ってきたのは、そんな冷酷な問いかけだった。
「あぁ、もう、裕樹のことは…」
「ダメだね。いままで騙されてたんだから。そこは、ちゃんと確認しておきたいね」
「そ、そんな、騙すだなん……ヒアアッ」
抉りこんだ極太の肉根をスライドされ、凶悪なエラで襞肉を掻きむしられて、佐知子は背を反らして嬌声を放った。
「アッアッ、こすれる、あ、いいっ、イイッ」
「ほら、答えなよ。どっちがいい?」
「ん、あっ、た、達也くんが、達也くんのほうがイイッ」
「本当かな? いまだけ、調子合わせてるんじゃないの」
「そん、そんなこと、ない、アアアッ、スゴ、ヒッヒイイッ」
「本音じゃあ、血を分けた息子のチ○ポのほうがおいしいとか思ってるんじゃないの?」
無論、そんな疑いは微塵も持っていないのだが。
いまは、この破廉恥な母親から、より明白な裏切りの科白を引き出すために。
達也は、凌辱の動きを、少しだけ強く深いものに変える。
「アアアッ、思って、ないっ、思ってないわぁ」
わずかにストロークを大きくして、ピッチを早めて。少しばかり突き腰にひねりをくれてやっただけで。佐知子はひとたまりもなく、崩れて。
「おいしくない、裕樹の、子供だから、チ○ポ、おいしくないの、気持ちよくない、達也くんのが、ずっと、ずっとずっと、いいわっ、いいッ」
肉の本音が噴きこぼれた。道ならぬ契りまで交わした我が子を貶める言葉となって。
「ひどい母親」 達也は、侮蔑の眼で見下ろして、的確な評価を投げかけて。
「でも、正直に言ったから、ご褒美をあげる」
佐知子の臀を引き寄せながら、叩きつけるように腰を送った。
「んっああああああああっ」
魂消るような叫びを轟かせて、佐知子は折れそうなほど背を撓めた。
ふり乱す髪は汗に湿って。キャップはとっくに外れて、床に飛んでいたから、本来の職責を示すものは、なにも残っていない。
ナースでもなく、母親でもない。色欲に狂う、一個の雌。
白い、爛熟の肉が、この日最初の絶頂に、凄まじい痙攣を刻む……。
……あとは。ただ、熾烈な快楽にのたうちまわるだけだった。
「あっ、うあっ、アッアッ、アアアアッ」
まだ午前の明るい陽射しの差す病室には、ベッドの軋む音と、物狂ったような佐知子の女叫びが、響き続けた。
「んああ、すごい、チ○ポ、スゴイ、ヒィッ、ヒアアアッ」
化け物じみたタフネスと、悪辣なまでの巧緻さで、達也は佐知子を犯し続けた。
「は、はげし、壊れちゃう、オマ○コ、壊れるぅっ」
これまでとは違って、完全に達也主導となった情交は、格段に苛烈さを増して。
「オアアアッ、グッ…死ぬ、シヌ、死んじゃうっ」
その違いを、佐知子は、まざまざと実感させられた。
四つん這いで臀を抱えられて、激しく突きこまれる-まさに“犯される”という 形容が相応しい交わりから受ける快楽は、凄まじかった。
「アヒッ、ギッ、深…いぃっ、奥が、奥にっ、んっあ、アアアアッ」
これまでに、佐知子が上になるかたちでのセックスとは、次元が違っている。
佐知子の貪欲だが未だ不慣れさを残す腰ふりではなく、達也の荒々しさの中に無慈悲なまでの技巧を秘め冷酷なほどに的確な腰使いは、その巨大な肉刀の威力が何倍にも増幅して。
「アアッ、イクッ、また、またイっちゃう、オマ○コ、イッく、イクウウッ」
何度も何度も、佐知子は壮絶なアクメに咆哮し、痙攣した。
しかし、達也は得意の焦らしを持ち出すこともなく、絶倫の精力を見せつけて、ひたすら攻めたて続けたから。
「……ん、あああっ、また、すぐ、イクッ、死ぬ、ヒアアアアッ」
佐知子は休む間もなくすぐさま快感の泥沼に引き戻されてまたのたうち狂うこととなった。
その凄惨なまでの凌辱の絵図には、昨日までの戯れにあったような甘やかさは欠片もなかった。そんな偽りの皮を引き剥いで、この一対の、年の離れた男女の真の関係性を剥き出しにしていた。すなわち、若く逞しい牡に組み敷かれて、ただ悶え泣くばかりの熟れた牝。完全なる支配と被支配の。
だから。
際限のない快楽に萎えた四肢を投げ出し、ベタリと突っ伏して。
達也に、若き主に、責め続けられる臀だけを供物のように捧げ上げた佐知子が、
「ああぁ、好き、達也くん、好きよっ」
ヨガリの啼きの合間に、うわ言のように繰り返す言葉は、そぐわしくないと言えたが。
佐知子は、それでも構わない。達也が、もう甘ったるい科白を返してくれないことも、気にならない。
「好き、好きよ、愛してるっ」
ただ、心底から、激しく突き上げられる臓腑の底から、せくり上がる感情を感泣にまじえて、繰り返す。
本気の愛情の吐露、しかし、それが一方的であっても構わないというのは。
認め、受け容れたからだろう……この関係のありようを。
肉の靡きに、引きずられた心の、まだ無意識の部分ではあっても。
……ならば、と。 達也は、より明確な言葉で、それを知らしめてやることにする。
佐知子を攻め立てる腰の動きを緩めて、
「……この身体は、誰のものなの?」
ペチペチと、脂汗にぬめった佐知子の巨臀を叩きながら、訊いた。
「この、熟れた淫乱な身体は誰のものか、言ってみなよ。佐知子」
「あ…あああぁぁ…」 ブルルッ、と。佐知子の背が腰が慄えたのは、歓喜の身震いだった。
「達也くんのものよ、佐知子の身体、全部、達也くんのものっ」
佐知子、と呼び捨てられ、達也のものだと叫ぶことに、この上ない喜びを感じて。
「達也くんのもの、佐知子は、達也くんのものっ」
泣きじゃくるように何度も叫びながら、佐知子は崩れていた両膝を踏んばって、
ユッサユッサと巨きな臀を揺さぶりはじめる。数えきれぬほどの絶頂に糜爛した媚肉が、
また新たな蜜を吐きながら、ギュッと咥えこんだ達也の肉根を締めつけた。
「あぁ、いいよ、佐知子の淫乱マ○コが、すごく締めつけてる」
「いい?気持ちイイ?もっと、もっと締めるから、淫乱なオマ○コ、ギュッて締めるから」
達也の率直な賞賛に力を得て、さらに臀のふりたくりを激しく卑猥なものにして、燃え狂う膣肉が収縮を示す。
達也の快美のうめきが佐知子の血を滾らせる。懸命に締め上げる女肉には、達也の逞しい肉体の特徴が跳ね返ってきて、
「んああっ、いいの、私も、達也くんのすごいチ○ポで、感じる、オマ○コ、感じちゃう」 
すぐにも爆ぜてしまいそうな快感に、歯をくいしばって。必死に臀をふり続ける。
「ああ、いいよ、佐知子」
「ああっ、もっと呼んで、佐知子って呼んでっ」
「フフ、息子の同級生に呼び捨てにされてもいいの? 佐知子は」
「いいのっ、うれしいのよ、佐知子は達也くんのものだから」
「ああ、そうだね、佐知子は、全部僕のものなんだもんね」
「あああぁ……」 佐知子は、また歓喜の胴ぶるいを走らせて、
「捧げるから佐知子の心も体も全部、捧げるからぁっ」 涙に濡れた眼で、達也をふり仰ぐ。
「だから、捨てないでね?私のこと、捨てないでね?ずっとずっと、愛してね?」
「ああ、わかってる」
失笑をこらえて、“もうしばらくはな”という言葉は胸のうちに呟いて、達也は答える。
それにしても、そう仕向けた達也が面食らうほどの佐知子の屈服ぶりである。
これほどの溺れこみようを見せられると、単に肉体を訓致され快楽を開発された弱みというだけではない、“相性”といったものを感じてしまう。
(やっぱ、運命の出逢いだったんだなあ)
というのは、あくまで佐知子にとっては、である。それはまぎれもない事実だろう。
達也と出逢う以前とはまるで別の存在に成り果てて、いまここでのたうっているのだから。
(……しかし、“心も体も全部”とはね)
まあ、それは達也には、狙い通りの戦果では、あるのだけれど。
ちょっとだけ、越野裕樹に同情する気になった。
佐知子はといえば、この時に、裕樹のことなど欠片も意識に残してはいない。
達也のおざなりな保証に、深い安堵と歓悦をわかせて。
それが、ギリギリで堪えていた情感を急激に押しあげた。
「た、達也くん、私、もう、もうっ…」
「いいよ。今度は一緒にイこう」
切迫した佐知子の声に達也は答えて。猛然とスパートを開始する。
「ヒイイイイッ、うあ、アアッ、いいわ、来て、来てぇ」
つんざくような叫びを上げて、佐知子は達也の苛烈な攻勢を迎えうつ。
「出して、いっぱい、熱いの、佐知子の中にっ」
「タップリ、ぶっかけてやるよ。妊娠しちゃうかもよ?いいよね、佐知子の身体は全部僕のものなんだから。子宮だって、好きに使っていいんだよな」
「んああっ、いいっ、いいわっ、かけて、佐知子の子宮に、佐知子を妊娠させてぇっ」
少なくとも。この刹那には、本気で佐知子はそれを願った。
達也の子を孕む自分を夢想して、そして快楽を爆発させた。
「ああっ、イクッ、オマ○コいっちゃう、イクウウウッ」
これまでで最高最大の絶頂に咆哮して、佐知子の総身が硬直する。
「ウオオオッ」
達也もまた低く吼えて、食いちぎるような女肉の締めつけに耐えながら、極限まで膨張した肉根を最奥へと叩きこんで、欲望の銃爪を引いた。
「ンアアアッ、イク……イッ、く、ああああああああっ」
灼熱の奔涛に子宮を撃たれて、佐知子はさらなる高みへと追い上げられる。
しばし、一対の雌雄は、凄絶なる悦楽の極まりの中で、断末魔の震えをシンクロさせて。
やがて、互いの汗と体液にまみれた身体を重ねて、崩おれた。

「……アッ……あは……」
グショ濡れのシーツの上にベタリと潰れて佐知子はようやく取り戻た呼吸に背を喘がせる。
その背の上には、達也の身体の重み。首筋にかかる、達也の荒い呼気。
間欠的に痙攣を続ける女肉は、深々と突き刺さったままの達也をハッキリと感じて。
肉体の最奥には、達也の注ぎこんでくれた欲望の、灼けるような熱さが。
「……しあ……わ…せ…」
うっとりと、佐知子は囁いて。そして昏迷の中に吸いこまれていった。
己の選択への悔いなど、一瞬たりともよぎらせることなく。
言葉の通り、至極の幸福だけを、その面に浮かべて。
束の間の甘美な死に、佐知子は浸った。
-22-
無造作に制服のポケットから取り出した煙草を一本くわえると、
「…ん?」 高本は、箱ごと差し出して、裕樹にも勧めた。
「…いや、いいよ」
裕樹が断ると、あっさり引っこめて、使い捨てのライターで咥えた煙草に火を点けた。
「…………」 裕樹は、思わず周囲をうかがってしまう。
放課後の校舎裏、というロケーションである。
場所といい、漂いはじめる紫煙といい、まんま“たむろする不良”の図であって。
その構図の中に自分も収まっていることが、裕樹には不快だったが。
それでも、誘われるままに、ついて来てしまった。
くわえ煙草で、高本は、封鎖された通用口のステップに腰を下ろした。
市村は、校舎の壁に背をもたれて立つ。
裕樹は、ふたりと向かい合うかたちで佇んだ。
会合らしき、一応の体勢が整うと、
「行ってきたよ。例の女のようす、見てきた」 前置きもなしに、高本は切り出した。
裕樹は表情を硬くして、かすかにうなずいた。いきなりでも、誘われた時点で用件はわかっているから。
高本の友人と、年上の女性の関係について。
当初は恋愛相談として、裕樹に持ちかけられた話だが。前回、聞いたところでは、もう相談云々という問題ではなくなっていた。
となれば、裕樹には、もうなんの関係もない話のはずだったが。
最初に助言をもらった裕樹への義理のつもりなのか、高本らは律儀にまた報告の場を作ったわけである。
裕樹としても、その後の状況は気にかかっていたので、こうして誘いに応じたのだった。
高本は、フイーッと煙を吹き上げて、
「まあ……予想通りだったな。そのママさん、すっかりハマってた」 そう言った。
「オレたちの前じゃ、なんでもないふうに装ってるんだけどさ。もう、メロメロになっちゃってるのが、バレバレ。な、市やん?」
「ああ」
と、市村に相槌を打たれると、“大袈裟なんじゃ?”と感じる高本の言葉もそのまま受け取るしかないように思えて。裕樹は苦い気持ちになった。
そんな気分にさせられることも、予測はしていたのだけれど。
「ありゃ、予想以上だったな」
「そうだよねえ。最初に会った時は、いかにも真面目そうな、身持ちの固そうな女だったのにさ」
しみじみと述懐して。高本は、また裕樹に向いて、
「それが今じゃ、すっかり中学生のチ○ポコの虜になっちゃってさ。女のほうから、ハメてってせがんでくるんだと。毎日ヤリまくりなんだとさ」
「………………」
「これがさ、前にも言ったと思うけど、顔もいいし、身体もムチムチの、いい女なのよ。な、羨ましくねえ?」
「……い、いや……」
一瞬だけ、淫らな想像を掻き立てられそうになったが。裕樹には、やはり、そのフシダラな母親への嫌悪と怒りの感情のほうが強くて。
「で、でも。そんなことになってるんだったら……その女のひとの子供も、もう気づいてるんじゃないの?」
一番、気にかかることを訊いたのだが。
「いや。それはないな」 やけにキッパリと否定されてしまった。
「そいつとも、オレたち、顔見知りでさ。たまに会うけど。まったく気づいてない」
「でも、母親と、高本くんの友達は、毎日……その、会ってるんだろ?毎日、母親の帰りが遅くなったら、おかしいと思うんじゃないかな」
「ああ、そりゃないのよ」 裕樹にすれば当然の疑問を、高本は簡単に打ち消してしまう。
「仕事が終わってから逢ってるとかじゃないから。帰りが遅くなるとかはないの」
「……いまのところはな」
「そうそう、いまのうちはねえ」
市村の補足には、大仰にうなずいた。何故だか、やけに愉快そうに。
「……なに? どういうこと?」
「ああ、要するに」 話が見えない裕樹に、市村が説明する。
「その女の職場で、勤務中に、ヤリまくってんだよな」
「えぇっ?」
「仕事場で、さんざん若い男と楽しんで。勤務時間が終われば、何食わぬ顔で息子の待つ家に帰るんだと」
「ひでえママさんだよなあ」
「…ちょ、ちょっと待ってよ。職場でって、そんな…」 裕樹には、とても信じられない。
「それに、その彼って、中学生だろ? 学校が」
「ああ、学校は休んでんだよな、いまは」 高本が答えて。また、市村と眼線を交わした。
「……どういうこと?」
ふたりの雰囲気に、急に得体の知れぬ不安をわかせながら、裕樹は訊いた。
高本が、眼を合わせてきた。ウズウズと笑いを堪えるような表情で。
「入院してんだよね、そいつ。怪我でさ」 せいぜい、さりげないふうを装ってそう言った。
「だから…もう、わかるだろ? 場所は病院で、相手の女は、看護婦だよ。ムッチムチの乳とケツのを白衣で包んだ。美人でエロエロの熟女ナース」
「看護婦、なの…?」 目を見開いて、裕樹は聞き返した。
ドクン、と大きく鼓動が跳ねるのを感じて。
「で、でも、無理だよ、そんなの。病室って言ったって、周囲の眼が…」
「……なに、ムキになってんの?越野」
「えっ?いや、ムキになってなんか、ないけど…」
そう、ムキになる理由なんかない。自分には。
「ただ、そんなこと、ありえないだろうって」
そうだ。あまりに無茶な話で納得が出来ないだけなのだ。……それだけだ。
「な、なにが、おかしいの?」
「いや、別に」 そう言いながらも、高本は嫌らしい笑みを消さず、裕樹を苛立たせる。
「その病院には」 裕樹の疑問には市村が答えた。
「VIP用の特別な部屋があってさ。そいつは、そこに入ってんだ。金持ちの息子だから」
「あそこなら、他の部屋とも離れてっから、中で好き勝手できるよね」
「ただ、あんまり女のヨガリ声がデカいんで、もうバレバレらしいけどな」
「クー、やっぱ年増の女はハゲしいんだ。生で聞いてみてえ」
問題の“熟女ナース”の淫乱ぶりをあげつらいながら。
無論、ふたりは、押し黙って考えこむ裕樹を、横目にうかがっている。
「………………」 やがて、裕樹は、不安の色を濃くした眼を上げて、
「……あ、あのさ」 まだ逡巡しながら、訊いた。
「その、友達って……………宇崎くん、なの?」
金持ちの息子で、いま怪我で入院している、高本らの友人となれば、やはり、宇崎達也のことが想起される。
そうではないと、ずっと裕樹は思いこんでいたのだが。冷静にふりかえると、明確な否定も高本らから聞いてはいなかったのだった。
しかし、確認した裕樹の口調は、恐るおそるといったふうで。
どうか違う人物のことであってほしい、と願った感情には、理由はあったのだが。
「ありゃ。やっぱ、わかっちまったか」
わざとらしく顔をしかめながら。高本は、あっさりと認めてしまった。
「………………」
「うん?どうした、越野?ムズかしい顔しちゃってさ」
ニヤニヤと。意地の悪い笑みを浮かべて、高本が訊く。
市村は、ジッと観察するような眼を裕樹に向けている。
裕樹は、落ち着きなく交互にふたりを見やった。
頭の中では、めまぐるしく思考を巡らせながら。
「……う、宇崎くんの入院先って」
「ああ、あそこの、市内で一番大きな…」
高本が口にしたのは、やはり裕樹には馴染み深い病院の名だった。
それは確認でしかなかった。すでに裕樹は知っていたのだから。
宇崎達也が入院したのが、母の勤める、その私立病院であることを。
入院当初に、母の口から聞かされていた。
……なるほど、宇崎達也ならば、そんな大それたことも、やってのけるかもしれない、という納得がある。
宇崎達也のことを詳しく知るわけではないから、単なる印象に過ぎないけれども。
そして……宇崎に篭絡されてしまったという看護婦は、中学生の息子を持つ、母子家庭の母親だという。
我が家とよく似ているな、と。ずっと裕樹は思っていた(だからこそ、そのふしだらな母親に強い嫌悪と怒りを感じ、その子供に深い同情を感じていたのだ)。
だが。今日、新たに知らされた事実。
自分たち母子と、奇妙なまでに符合する境遇の、その母子の。母親の職業は看護婦で。
勤め先は、裕樹の母・佐知子と同じ病院なのだという。
さすがに。これで“本当に、すごい偶然だ”などと、スンナリ腑に落とせるほどは、裕樹もおめでたくはなかったが。
(……でも。でも、違う。そんなはずはない) 頑なに、それだけは認めまいとする裕樹は、
「……う、宇崎くん、特別な病室にいるって言ってたけど」
必死に、足場を探して、問いかけた。
「そこで、ずっと一緒にいるってことは、その母親が宇崎くんの担当なんだよね?」
「ああ、そうだけど? ま、なにしろ、VIP扱いだから、専属の…」
(ほらっ) と、裕樹は力を得る。高本が語る裏の事情など、どうでもよかった。
家で、宇崎達也の入院のことを話題にした時に(たった一度、それもひどく短いやりとりだったが)母は自分が達也の担当になったなどとは、言っていなかった。
(やっぱり、ちがう。ママじゃない) 裕樹は、安堵の息をつく。……かなり意識的に。
(どうかしてるな、僕。そんなの当たり前なのに。ママに限って……)
中学生なんかと、それも、よりによって宇崎達也なんかと。
しかも、ナースとしての勤務中に、病室でいやらしいことを。
どうしたって、その“見知らぬ、ふしだらな母親”の呆れ果てた行状は、母・佐知子の肖像に重なりはしない。
ほんの僅かにでも不安な気持ちを抱いてしまった自分を裕樹は笑おうとする…のだったが。
どこか、必死だった。懸命に、自分に言い聞かせているような。
「…………?」
高本は、再び押し黙って自分の世界に入りこんだ裕樹を眺めて、眉を寄せた。
ギリギリ、核心に近い部分まで事実をブチまけて。しかし、期待していたような劇的な反応を得られないことが不満であり不可解だった。
どういうこと? と目顔で市村に問いかける。
「……………」 市村は、壁から背を離して、ユラリと歩を詰めた。
裕樹に向けた眼に、微かな侮蔑の色が浮かぶ。冷徹な観察で、かなり正確に裕樹の内心の動きを洞察して。
「……越野」
「な、なにっ?」 静かな冷ややかな声で呼ばれて、裕樹はギクッと反応した。
今度は、なにを言われるのか? という警戒の感情を露わに、身構える。
「その女の息子は、どうして母親の異変に気づかないんだと思う?」
しかし、まったく感情をうかがわせない声で、市村が訊いたのは、そんな問いかけだった。
「えっ? ど、どうしてって…」
「確かに、帰りが遅くなったりはしてない。いまのところはな。けど、他のことで、変化を見せてないわけないんだよ」
「……変…化…?」
「言ったけど。女は、もう達也にメロメロにされてるわけだよ。完全に色ボケ状態。もう、達也にコマされる前とは、別人だよ」
「……………」
「化粧はケバくなってる。眼は、いつもトロンと蕩けてるし、全身から、発情した年増のドギついフェロモン、出しまくりだ」
「お肌もテカテカしてたよねえ。毎日、宇崎クンの若いエキス、たっぷりブッカケられてっから」
高本の合いの手に、市村は、ひとつ肯いて、
「女は、どんどん達也にノメりこんでんだ。家に帰ってからも、息子がそばにいる時でもいつも達也のことばかり考えてるって。女が自分で、そう言ってたってさ」
「……………」
「そんな、マトモじゃない母親の態度にも、息子は変だって感じないのか?それとも、変調は感じてても、そこから母親を疑おうとはしないのか。なんでだ?」
「そ、そんなこと……僕に、訊かれたって……」
「信じてるから?疑うなんて、ありえないのか?この先も、なにがあっても、“そんなはずはない”“ママを信じてる”って繰り返して。自分からは、なにも知ろうともせずに過ごしてくつもりなのかねえ?」
「知らないよっ、そんなこと!どうして、僕に訊くのさ!?」
ヒステリックに、裕樹が叫んで、
「………わからない?」 冷笑を浮べて、市村が訊きかえした。
「わかんないよっ! わかるわけないだろ!?」
追いつめられた風情で、必死に否定を繰り返す裕樹。
「僕には……関係のない話じゃないかっ」
「関係ないんだ? ふーん……」
あからさまな蔑みの色で、裕樹を絶句させて。市村は、少しだけ口調を変える。
「まあ、“そいつ”が、あんまり気の毒に思えてきたのと。ちいと呆れる気持ちもあってな。なんなら、俺たちから、事実を教えてやろうかと考えたわけだけど」
「………………」
「それも、“そいつ”に、少しでも現実を見ようって気がなけりゃ、無駄だな」
そう言い捨てて、高本へとふり向いた。
お、と。高本が勢いよく立ち上がる。
去りしなに、市村は、もう一度ふりかえって、
「もし“そいつ”が、もう少しハラをくくってきたら。もっと決定的な話を聞かせてやるんだけど」
「ああ、あの、取っておきの大ネタね」 高本も同調して。意味深な視線を裕樹へと向けた。
「…………えっ…?」 呆然と佇んでいた裕樹が、間の抜けた声で聞き帰したが。
ふたりの不良は、すでに背を向けて歩き出していた。
「…………………」 ひとり、残されて。裕樹の胸に、解放された安堵はわかない。
逆に、後悔のような気持ちを感じていた。
もっと……詳しく話を聞くべきだったのではないか、と。
裕樹は、強くかぶりをふって、その心情を払った。
「……そんなはず、ないじゃないか……ママが……そんな……」
結局。市村に揶揄されたままの言葉を呟いていた……。

食卓に並ぶのは、出来合いの惣菜ばかりだった。
不味くはないが、美味くもない。“温かみ”というものが欠けている。
……最近は、ずっとこんな感じだな、と。
ノロノロと箸を動かしながら、裕樹はひとりごちた。
看護婦というハードな仕事、それも重責を担った役職をこなしながらも。
それを理由に家事をないがしろにすることを嫌っていた母であるのに。
最近になって、その主義を変えてしまったようである。
文句を言いたいわけではない(それは、母の手作りの心づくしの料理は恋しくはあるけれども)。母が仕事で疲れて夕食に手をかける余力がないというなら仕方がないことだと思う。
ただ。これも、ひとつの“変化”には違いなかった。
「………………」 裕樹は眼を上げて、向かいあって座った母を見やった。
佐知子は黙々と食事をとっている。眼は合わない。
裕樹が押し黙っているから、ふたりきりの食卓は静かだった。
もともと、この場での会話は、裕樹のほうから仕向けることがほとんどだったが。
それでも、こんなふうに裕樹が沈黙していると、“どうかしたの?”と
気づかってきたはずだ。以前の佐知子であれば。
ならば……これもまた“変化”のひとつということか。
……ああ、どうして、こんなことばかり考えなければならないのだろう。
母とふたりだけの夕食の席、大事な時間に。満ち足りた幸福ではなく、重苦しい不安を感じて、ビクビクと母のようすをうかがうようなことをしなければならないのだろうか。
……どうして、ママは。
不安と焦燥に苛まれる自分の状態に、気づいてくれないのだろうか?
一向に食がすすんでいないのを、心配してくれないのだろうか?
「……あの、さ」 鬱々たる沈思に堪えかねて、裕樹は口を開いた。
佐知子が箸を止めて、裕樹を見た。その肩のあたりの表情には、やはり疲れが滲んでいる。重い疲労というよりは、倦怠の気ぶり。
気だるく、どこかしどけないような風情が。
それもまた、最近になって佐知子が身にまとうようになった雰囲気だ。
そんな母は、やっぱり綺麗で。そして、艶っぽくて。
裕樹の脳裏には、市村らから聞かされた、いくつもの言葉が蘇る。
「……なに?」 言葉を途切れさせた裕樹に、佐知子が訝しげな顔をする。
「……宇崎…達也がさ」 迷いながら、裕樹は、その名を口にした。
その瞬間の、佐知子の反応をうかがってしまう自分を、嫌だと思いながら。
ほんの僅かに、眉を寄せる。それが佐知子が見せた反応だった。
「…ママの病院に、入院したっていってたけど…」
「…ええ」 小さくうなずく。……なにか、警戒しているように見えた。
「宇崎の……担当のナースって……ママなの?」
「……そうよ」 一瞬だけ間をあけて。佐知子は肯定をかえした。
それがどうかした? と言いたげな表情は、少し作為的であるように感じられた。
「どうして、教えてくれなかったの?」
「どうしてって…」 難詰の口調になる裕樹に、佐知子は当惑を浮べて。
「……裕樹、あまり、いい印象を持ってないみたいだったし」
それを慮ったのだという釈明には、それなりの理はあったけれど。
どこか……言いわけじみた響きを、裕樹が聞いてしまうのは、胸に巣食った疑いのせいだろうか。それだけだったろうか?
「……そのこと、誰に聞いたの?」 佐知子が尋ねた。
「…………あ、えっ?」 間の抜けた声をかえして。
裕樹は、ショックに茫然としかけていた自分に気づいた。
母が、宇崎達也の担当だったという事実には、やはり大きなダメージを受けて。
しかし、恐慌というような状態には陥っていない。
その事実だけで、市村らから聞かされた話に、母をそのまま当てはめることは、裕樹には不可能だったから。
「あ、市村に…」
「そう…」 やはり、そうかという顔でうなずいて。
しかし佐知子は、なおも探るような眼を裕樹に向けてきた。
「……なに…?」
「…いえ……別に…」 佐知子は、視線を外して、
「……でも。達也くんも、もうじき退院だわ」 なにげない調子で、そう付け足して。
その自分の言葉に、なにか複雑な思いを喚起されたように、物思いの中へ沈んでいく気配を見せた。
「…………………」 裕樹もまた、無言で佐知子の言葉を噛み締めていた。
(…………“達也くん”か……)
……気にするほどのことでは、ないだろう。ずっと世話をしていれば、それくらいの慣れ親しみかたは、普通だろう。
そう自分に言い聞かせながら。今度は裕樹が、探る眼を佐知子へと向ける。
その眼色に佐知子が気づけば。先ほどの裕樹のように視線の意味を問いかえしでもすれば。
それを切欠として、裕樹も、もっと踏みこんだことを訊けたかもしれないが。
佐知子は、自分の世界に入りこんで、ボンヤリとした表情で機械的に箸を動かしていて。心ここにあらず、といったその風情が、裕樹に言葉を失わせるのだった。
……やがて、チグハグな空気のまま、夕食は終わる。
「もういいの?」 半分以上も食べ残した裕樹に、佐知子が訊いたが。
うん、と裕樹がうなずけば、それ以上はなにも言わずに下げてしまった。
これまた、以前なら、こんな簡単に済ませはしなかった、という場面だったが。
そんな、母の“変化”を数えることにも疲れてしまった。
断絶したまま、その心を探ろうとすることも。
市村からもたらされた情報と母への信頼を秤にかけて、疑心と信頼に引き裂かれた状態で居続けることも。もう、裕樹には耐えられなかった。
「……ママ…」
流しに立って、洗いものをはじめた佐知子の背中に、裕樹は呼びかけた。
煩悶の末に、裕樹が選択したのは。
「今夜、ママの部屋にいってもいい?」 …結局、追及することではなくすがることだった。
いつものように、母と身体を重ねれば。その柔かな胸に抱いてもらえれば。
なにも変わっていないことを確認して、安堵できるはずだと。
祈るような気持ちで、裕樹は求めて。
だからこそ、いまこの場で、母に受諾してほしかった。
先日のような、裕樹の強引さに押し切られたというかたちではなしに、受け容れてほしかったのだ。
だが。「ダメよ」 振り向いた佐知子の口から出たのは、その言葉だった。
即答である。にべもなく、と形容していいほどの。
「ど、どうしてっ?」
裕樹が悲鳴のような声で訊いたのも、拒絶されたことに加えて、そのあまりに素早い決断がショックだったからだ。
「…………」 佐知子が、濡れた手を拭きながら、向き直る。
真剣な面持ちで、裕樹を見やって。
「……あのね、裕樹」
言いかけて。しかし、いまにも泣き出しそうな裕樹の表情に、意を挫かれたように言いよどんで。
「……ママ、今日も疲れてるから」 結局、眼を逸らしながら言ったのはそんなことだった。
いかにも、お茶を濁したといったふうで、本当に言いたかったのは、
そんなことではあるまいと思わせたが。
「……今日も、お風呂、先させてもらうから」
そう告げて。佐知子は、そそくさとキッチンを出ていった。逃げるように。
「………………」 ひとり残された裕樹は。
希望に縋らせてもらえなかった裕樹は、呆然と座りこんでいた。
なにを、どう考えればいいのか、わからなくなっている。
母の態度や言葉のひとつひとつを、どう受け止めればいいのか。
混乱を鎮めたいのか、それとも、このまま混沌の中にいたいのか。
……真実を知りたいのか、知らずにいたいのか、さえ。
わからず、決められずに。 呆然と、裕樹は座りこんでいた……。
-23-
……裕樹が、その場所に辿り着いた時、連中は誰かと電話中だった。
放課後の校舎裏。
市村の手にした携帯電話に、高本も耳を寄せるようにして、愉しげに会話に興じていたのだが。市村は、現れた裕樹を目敏く見つけて
「……ああ、ようやく来たよ……うん、そう…」
通話の相手にも、それを知らせているらしかった。
電話の向こうにいるのが誰であるのかは……裕樹は考えまいとした。
「…ああ、わかった。ま、あまり無茶はしないように……うん、じゃ」
会話を終わらせて電話をしまいながら、市村は改めて裕樹に向いた。
「よお。やっと来たな」
「待ちくたびれたぜ」
そう言って、短くなった煙草を捨てた高本の足元には、すでにかなりの数の吸い殻が散らばっていた。そろって教室から姿を消していた午後は、ずっとこの場所にいたらしい。
しかし、待ち合わせていたわけではないのだ。今日は、裕樹は一度もふたりと言葉を交わしていない。近づきもしていなかった。
それでも授業が終わると、裕樹はすぐに、ここへと向かった。
そして、こちらも裕樹の来訪を予期していたらしい市村らと昨日と同じ状況で会することになったわけだが。
「……で、こうして、やって来たってことは、だ」
硬くこわばった表情で突っ立っている裕樹に、市村が確認する。
「ハラくくって、もっと詳しい話を聞こうって気になったわけだ?」
「……違うよ」 だが裕樹は、低いがハッキリとした声で、それを否定したのだった。
「は?」
「もう、そんなデタラメを聞く気なんかないよっ」 断固たる口調で、言い放つ。
“母を全面的に信じる”-それが、一晩の煩悶の末に、裕樹が選び取った結論だった。
宇崎達也の担当になったことを黙っていたのは達也に対する自分の感情に配慮したからで。
心優しく、ナースとしての仕事に誇りを持つ母だから、担当患者となった達也とも、それなりに(名前で呼ぶくらいには)打ち解けてもいるが、それだけのことで。
最近やけに疲れているのは、本来の仕事の他に達也の世話まで受け持たされたからで。
昨夜、自分の求めを拒んだのも、その疲労のせいである、と。
佐知子からの説明は、すべて、そのままに信じて。それに希望的推測を加味して。
……そこからハミ出す不都合な徴候には、すべて目をつぶって。
そういうことなのだと断じてしまえば、なにも問題など生じていないことになる。
「デタラメ?」
「そうだよっ」 だから裕樹は、必死な勢いで否定を叫んだ。
「みんな嘘だ、作り話だよ。そんな話を僕に聞かせて、いったいなにがしたいのさ?」
それを言うために、裕樹はやって来たのだった。
自分は、そんな話を事実だとは認めないと表明するために。そして、
「どうせ、僕をからかって、遊んでただけなんだろ?そうなんでしょ?」
そう問い質す口調は、糾弾というよりは懇願に近くなっていた。
“どうか、そうだと言ってくれ”と。
「……越野、おまえ」 高本が、呆れたように口を開いた。
「そりゃ、往生際が悪いっつーかさあ」 ねえ?と傍らの市村に同意を求める。
「………………」 市村は、裕樹と睨み合いながら、何事か考えていたが、
「…………それも、面白いか」 ボソリと呟いて、奸悪な笑みを口の端に刻むと、
「そうだよ。全部、作り話だよ」 裕樹に向かって、そう言った。
「はああぁ?なに言ってんのよ、市やん」 素っ頓狂な声を上げたのは、高本だが。
「……え?」 呆気にとられたのは、裕樹も同じだった。
これまでの話はすべてデタラメだと決めつけて、そうだと認めるよう市村らに迫っておきながら。まさか、望む答えがかえってくるとは思っていなかったのだった。
「ちょっと、ねえ、どういうことよ、市やん」
「バレちゃったもんは、しょうがないよ、高本」
いきり立つ高本を宥めながら、目顔で合図する市村。
「やっぱ、無理があったんだよ。息子の同級生に口説かれちゃう母親、なんてさ」
「あ?ああ…そうなん…?」
ああ、またなにか思いついたってことか、と理解して。それなら、任せるしかないと口を噤む高本。
「悪かったな、越野」 市村は、まだ要領を得ない顔で立ちつくす裕樹に、苦笑してみせて、
「達也の見舞いにいった時にさ。いつもの調子でエロ話が始まったんだけど。担当の看護婦ってのが、やたら綺麗だったんで、ついネタにしちゃったんだ」
「そ、そうなの?」 半信半疑といったようすで、聞き返す裕樹。
その、ネタにされた綺麗な看護婦とは、裕樹の母・佐知子である。
「まあ、達也は病院暮らしで退屈してたし。その看護婦が、俺たち好みの色っぽい熟女だったせいもあって、妄想が突っ走っちまったんだよな」
「だからって、あんな…」
仲間うちの与太話にしても、あまりに下劣な妄想だ、と言いたかった。
しかも、いまは言葉を濁しているが、佐知子が裕樹の母親であることも最初から気づいていたということである。そうと知っていて、好き勝手に卑猥な妄想を膨らませて。あまつさえ、さも事実であるかのように、裕樹に聞かせていたのだ。
悪フザケにしても、度がすぎている、と。
裕樹とすれば、もっと激しく怒ってもいい場合であるはずだった。
……突然の市村の白状を、そのまま受け入れるならば、だが。
やはり、どうにも唐突で、不自然だった。
市村の隣で、ムズかしい顔で黙りこむ高本を見れば、さらに疑いの気持ちが強くなった。
“本当なの?”と確認したかったが、それもまた妙な気がする。
“本当に嘘だったの?”と訊くのは。
だから、裕樹は、
「…やっぱり、度を超してたと思う。あんなふうに、もっともらしく話したりとか…」
まったく迫力に欠けた声で、それでも遺憾の意を表したのだったが。
「まあ、いいじゃん」 市村には、それ以上の謝罪を表するつもりはないようだった。
「い、いいじゃん、って」
「フィクションだったって言ってんだからさ。それで、越野も安心したんだろ?」
しれっと言い放って。冷ややかな眼で、裕樹を見下す。
「………………」 確かに“作り話だと言ってくれ”と、裕樹は懇願して。
市村は、裕樹が求めた通りの答えをくれたわけだが。
しかし、安心する感情など、微塵も裕樹の胸にはわいていなかった。
ただ不安な眼を市村に向ける。真偽を、真意をはかるように。
「まあ、すぐにもバレると思ってたんだよな。いくらなんでも、そこまでイカれた母親なんか、いるわけないじゃん?」
嘲笑。話の荒唐無稽を笑う…ようには見えなかった。
「たとえば。たとえばだぜ? 越野のママさんが、実際に達也にモーションかけられたとしてさ。いくら、ツラがよくて口が上手いからって、息子の同級生に本気でノボせるなんて…ありうる?」
「あ、あるわけないだろうっ!?」
「そうだよなあ? ありえないよな」
「そ、そんなふうに、ママのことを…」
「だから。これはフィクションなんだって。実在の人物とは一切関係ございません、ってやつ。無責任な妄想だよ」
「まあ、いいよな、それくらい」
と、話に加わってきたのは、ようやく市村の企図を悟った高本である。
「オレたち、ヤリたい盛りの中坊だもん。いい女がいりゃあ、エロ・ファンタジーのひとつも妄想するって。構わねえよなあ、それくらい?」
構わない…わけがない。裕樹にすれば。
こんな連中に、卑猥な妄想を抱かれるだけでも、愛する母が穢された気持ちになる。
しかし、止めてくれと頼んで、止めてくれる奴等でもないとわかっているから。
「もう、いいよ」
裕樹に出来ることは、それ以上、そんな下劣な妄想を聞かないようにすることだった。
しかし、踵をかえそうとした動きは、高本の腕に封じられる。
「まあまあ、そう言わんと」
「放してよっ」
「ここからが面白くなるんだから、お客さん」
「いいよ、聞きたくないから」 必死にふり解こうとしても、腕力では敵うはずもない。
「せっかくだから、もう少し、つきあえよ」 愉しげに、市村が言う。
「純然たるフィクションとして、楽しんでくれりゃいいんだよ」
「いやだってばっ」 ……その“純然たるフィクション”という前提に、怪しさが残るから。
一抹の不安を拭いさることが出来ないから、裕樹は懸命に逃げ出そうとするのだが。
すでに、罠はガッチリと食いこんでいて。裕樹の抗いは虚しく。
「たとえば。こういう裏設定を考えたんだけど」
高本の太い腕に拘束された裕樹に顔を寄せて、市村は囁きかける。
「その母親は、達也の女になるまでは、息子と近親相姦してた…てのは、どうよ?」
「…………っ!?」 ……もし達也がこの場にいれば。
“やっぱり、親子だな”と笑ったことだろう。
その瞬間に裕樹が示した反応は、佐知子のそれにそっくりだったから。
激しい抗いの身もがきを止めて、愕然と見開いた眼で市村を見つめた。
「お、ウケてるよ、市やん」
「だろ? なかなか秀逸な展開だと思うぜ、これは」
小柄な裕樹を左右から挟みこんで、蒼白になった顔を覗きこむようにして、二悪は会心の笑みを交わす。
「まさか、このママさんが、っていう意外性がキモだな」
「だよねえ。オレもブッタまげたもんなあ」
…故意ではなく。いまいち、市村が急遽デッチあげた、この多重構造がオツムに沁みこんでいないだけなのだが、
「でも、越野……じゃなくて、その息子のことは、チョイと見直したよ、オレ。そんな大胆なマネが出来るヤツだとは思ってなかったから」
高本は、無頓着な物言いで、どんどんと虚実の境を曖昧にしてしまう。
「な、なにを言うんだよっ!?」
茫然自失に陥っていた裕樹が、ようやく悲鳴のような叫びを上げる。
「そんなこと、あるわけないだろっ!?」
「だ、か、ら。これはフィクションなんだからさ。妄想に、ありえるも、ありえないも、ないだろ?」
「そうだよう。お話と現実をゴッチャにしちゃあ、イカンよ。越野クン」
「なっ……そん……」
裕樹は言葉を失う。どんな反応を見せればいいのか、わからなくなってしまう。
(……なんなんだよ、これ?……)
「それで? 市やん。そのエロ・ストーリーは、どう展開してくわけ?」
混乱と恐怖に固まる裕樹を横目に見ながら、高本が促す。
「…いまは、達也の悪仲間が、なにも知らない女の息子に事実を暴露する、ってとこまで進んでんだけど」
「悪仲間って……ま、いいや。それで?」
「その息子がさ、どうしても信じようとしない。“ママがそんなことするわけない”とか言っちゃって」
「ああ、なるほどねえ」
「それじゃあってんで、ぶつけたのが、実はそいつら母子が近親相姦の関係だったって、大ネタなんだが」
「ふーん……………ゴメン、オレ、なんかこんがらがってきちゃったよ」
頭痛をこらえるように、こめかみに指をあてる高本。
「ムズかしく考える必要はないさ。全部、作り話の中のことなんだから」
そう高本に答えながら。市村は、高本よりはるかに深い昏迷を浮べている裕樹の眼を見据えて、
「“そいつ”は仰天する。なんで、自分たち母子の秘密を知られてるのかって」
“お話”を続けるのだが。それは、そのまま、いまの裕樹の心を読むことになっていた。
「でも、そんなの決まってるよな。達也が聞き出したんだ。母親から」
「………っ!?」
「そんな馬鹿なって、“そいつ”は思うんだけど」
クスリ、と市村は笑う。その双眸に輝く邪悪な熱は高本でさえゾッと寒気を感じるほどで。
「母親は、もう完全に達也に手なずけられてるから。達也に対して、秘密なんて持てないんだよな。たとえ、自分の息子に関わることだろうと」
「……う、嘘だ…」 裕樹が洩らす、か弱い声に、市村は肯いてみせて、
「嘘だよ。まったくの作り話。そう言ってんじゃん」
「………………」
(……市やん、怖すぎ……) つくづく……敵にはしたくないヤツだなあ、と。
いまは、一歩ひくようにして、市村がジワジワと裕樹を追いつめるさまを眺めながら、高本は胸中に呟いた。
ましてや、達也と市村のタッグなんて……イヤすぎる。
子分だろうと舎弟だろうと、自分は味方でよかったなあ、と。しみじみ、そう思った。
「その母親はさ」 愉しげに、うたうように、市村は続ける。
「達也に、泣いて詫びたんだと。息子との関係を隠してたことを」
これは意識的に。“フィクションだ”という建前から外れた言い方をする。
「もう二度と、息子とはしないって、涙ながらに誓ったんだとさ」
「……っ!?」
「だから、捨てないでくれ、ってさ。要するに、息子より達也を選んだってことだな」
「……………」 もう声も出せずに、ただ小刻みに震えるだけの裕樹を見て。
高本は、ちょっとだけ哀れを催した。いまの市やんとサシで向かい合うのは、あまりにも辛かろうと思いやって、口を挟んだのだが、
「まあ、どうせファックするなら、キモチいいほうを択ぶよなあ。佐知…じゃなくて、そのママさんも」
それで出てきたのが、この科白だから、人の習い性というのも恐ろしい。
素で間違いかけてるし。
「そういうこったな。いい年こいて、これまでは、ろくにセックスの良さも知らなかったらしいし」
「それで、宇崎クンの強烈なのくらったら、そりゃあ、離れられんわなあ」
「実際、もう、どっぷりハマってるしな。達也のデカマラ、ハメてもらうことしか考えられなくなってるみたいよ」
「はあ、年増女にサカリがつくと、怖いね」 ひとしきり、好き勝手なことをほざいて。
その後に、市村は、血の気をなくした裕樹の顔を覗きこんで、
「……という、“お話”。どうだった、越野?」
「…………………」 無論、答えようもない裕樹に代わって、高本が、
「続きが気になるねえ。どうなんの、これから?」
「そうだな…」 市村は、顎を撫でて、
「…衝撃の事実ってのを突きつけられた、その息子はフラフラになって家に帰るわけだが」
「……おい、越野。おまえ、マジでフラついてっぞ。大丈夫か?」
「………………」
わざとらしく気をつかう高本には見向きもせずに。裕樹は、市村を見つめている。
瞬きもしないで凝視するのを、平然と見返して、市村は続けた。
「当然、母親にあれこれ問い質したい気持ちはある。だけど同時に、母親の顔を見るのが怖いって気持ちもある」
「………………」 また、正確に裕樹の心情を読んで。さらには、
「でも……悩む必要はないんだよな。取り合えず、今日のところは」
裕樹の未来までも、市村は読み上げる。
「母親は、今日は帰ってこないんだから」
「…………ぇ……?」
「ああ、そうだった」 小さく、裕樹が洩らして。高本は、納得顔でうなずいた。
「達也が、今日、退院するから」 市村が、理由を教えた。
「予定は、二、三日さきだったんだけど、お得意の気まぐれで、な」
「ひでえよなあ、宇崎クン。せっかく、オレらが退院祝いしてあげるって言ってんのに。今日は来るな、だもん」
「まあ、そういうヤツだから。……越野は知ってるかな? さすがブルジョアっつーか、達也って、勉強部屋の名目で、マンションにひとり暮らししてんだ。中学生の分際で」
当然ながら、その部屋は、三悪のアジトになっているわけだが。
「今夜は、その女を招いて、タップリ可愛がってやるんだと。色惚けママも、大喜びで、招待に応じたってよ」
「あー、ハネムーン気分? なんつーか、もう、アチャチャチャって感じですな」
「達也は帰す気ないし、女のほうだって、望むところってなもんだろし。今夜は、お泊り確定だよ」
「息子は、ほっぱらかし?ヒデえなあ」
「電話くらいは掛かってくるだろ。仕事の都合で今夜は帰れなくなったとかなんとか。だから息子もさ、どんな顔で母親に会うかなんてことより晩メシの心配でもしたほうがいい」
「寂しいやね、ひとりは。寿司でも取ってくれるなら、オレ、行ってやってもいいけど?」
「なんで、越野に訊くのよ?」
「そうでした。フィクション、フィクション」
ケタケタと高本が笑って。ようやく、終わりという雰囲気になった。
「じゃな、越野。まあ、その、なんだよ。強くイキロよ」
高本が、心のこもらぬ励ましを言って、ポンポンと肩を叩いていった。
「続きは、また近いうちに」 市村が、そう言い残して。
放心状態の裕樹を置いて、二人組は、とっとと立ち去ってしまった。
ボーッとそれを見送って、
「……ウッ…」 不意に裕樹は、身を折るようにして屈みこむ。
「……ウエ……エェッ…」 丸めた背を何度も痙攣させて、胃の中身を地面にブチまけた。
静かな場所に、しばし弱々しいえずきの音だけが響いた。
……そして、夜。
裕樹は、ひとりの家で、母からの電話を受けた。
『あ、裕樹? ゴメンナサイ、連絡が遅れて。夜勤に急な欠員ができてね、ママ、今日は帰れなくなったから。夕ご飯は、なにか取ってくれる?』
ひどく遠く感じる受話器からの声に、
「……そうなんだ」 平坦な声で、裕樹は答えた。
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“そうなんだ”と答えた、抑揚のない裕樹の声を、当たり前の了解と受け取って、佐知子は電話を切った。
「…大丈夫なの?」
久しぶりに帰った我が家の広いリヴィングで、ソファに寛いでいる達也が訊いた。
本気で気にかけるわけもなく、おざなりな口調だったが。
「ええ。慣れてるから」 通勤着にエプロン姿で、佐知子は簡単に請け負って。
それで、もう裕樹のことは意識から追い払ってしまった。
「待ってね。もうすぐ、出来るから」
そう言い置いて、いそいそとキッチンへと戻っていく。
広く、機能的な設計のキッチンでは、火にかかった鍋から、美味しそうな匂いが漂っていた。中断していた作業に戻った佐知子は、キビキビと動きまわって達也のために夕食をしつらえていく。軽やかな身ごなしに、ウキウキとした心情があらわれていた。いまにも鼻歌のひとつも出そうな上機嫌ぶりである。
特別な夜なのだった。佐知子にとっては。
達也が、急遽決めた退院の日の、その夜を、ともに過ごそうと誘ってくれたことが泣きたいくらいに嬉しく、幸福だった。
達也の退院と同時にふたりの関係も消滅するのではないか?という疑念は、常に佐知子の中にわだかまっていた。達也からの求愛を受け容れた当初は“若い達也のためには、そうほうがいい”などと悟りすましたことを口にして、一方で、“だから、今だけは”と、自分への言いわけにもしていた佐知子だったが。
今では、そんなことは考えたくもなかった。
もはや、達也なしでは生きていけない、とまで思いつめている佐知子である。
だからこそ、退院という契機を迎えた今日の日に、達也から誘われたことに深い安堵と幸せを感じていたのだった。
達也の住まう部屋へ招かれたことも、嬉しかった。
勤務時間が終わると、すぐに病院を出て、教えられた住所へと急ぐ道中でも。
途中で立ち寄ったスーパーで、真剣に食材を選んでいるときにも。
佐知子は、喜びを噛み締めて。若い娘みたいに浮き立つ心を抑えることが出来なかった。
「すごいな」 やがて、テーブルに並んだ料理の数々を見て、達也が感嘆した。
「すごい御馳走だ。料理、得意なんだね?」
実際、短い時間で、これだけの食事を用意するのは、かなりの手際といえた。
「…味も見ないで褒めたら、後悔するかもしれないわよ」 照れ臭そうに、佐知子は言った。
「達也くん、美味しいものを食べ慣れてるだろうし…」
「そんなことないよ。だいたい、最近はずっと病院食だったじゃない」
不安そうにする佐知子に請け負って、達也は用意していたワインを開けた。
「まずは、乾杯しよう」
そう言って、ふたつのグラスに注ぐ手つきも慣れたものを感じさせた。
「…達也くんの、退院祝いね?」
という言葉で、中学生と酒杯を交わすことへの、ほんの少しの後ろめたさを誤魔化して、佐知子はグラスを取った。
「それだけでいいの? 僕らのこととかは?」
意味深に微笑んで、そんなことを言われれば。こんな遣り取りには慣れていない佐知子は、微かに頬を染めて眼を伏せるしかない。
「ま、いいか。それは二杯目にすれば」
こちらは、いつもそんなことをほざいているのか、悠然と構える達也に促されて、グラスを差し出した。軽く触れ合ったグラスが、小さな音をたてる。
やはり、達也の動きを真似るようにして、グラスを傾け、綺麗な赤色を喉に流しこんだ。
高級な品なのだろうがそれを的確に味わうことが出来るほど佐知子は飲みつけてはいない。
であれば、状況やムードが、そのままワインの味となって、
「……美味しい…」
達也の部屋で、達也とふたりきりの晩餐の席で飲む酒に、佐知子がそれ以外の感想を持つはずがなかった。
こんな美味しいお酒ははじめて……と。
「さて。それじゃ、いただこうか」
半ばまで乾したグラスを置いて、達也がナイフとフォークを手に取った。
メイン・ディッシュの肉料理を口に運ぶのを、佐知子が緊張した面持ちで見つめる。
「うんっ、美味い」 達也の言葉に、ホッと安堵の色を見せる。
「美味しいよ。やっぱり、料理、上手なんだね」
「気に入ってもらえて、よかった…」 はにかんだ笑みを浮べて、自分も食べ始める。
弾んだ雰囲気の中、夕食は進んでいった。
これは少しのお世辞やべんちゃらの必要もなく、美味いウマイと連発する達也と、嬉しそうにそれを見る佐知子。
まったく、睦まじい恋人同士といった光景を演じていることを自覚すれば“こんなに幸せでいいのだろうか……?”という感慨が酒精にほんのりと頬を染めた佐知子の胸にわきあがってくる。
「でも…本当に、よかったの?」 そんな畏れにも似た思いが、そう問わせた。
「今日くらいは、御両親のところへ帰ったほうがよかったんじゃ…」
「ああ、全然」 かまわない、と。本当にどうでもよさそうに達也は言った。
「そんな、まともな家庭じゃないからね、うちは」
恬淡として、そんなことを言ってのける達也を、佐知子は複雑な思いで眺めた。
確かに、まだ中学生の子供を、こんな環境でひとり暮らしさせていることひとつをとっても、世間並の常識にはかからないことである。
今日の達也の退院に際しても、病院に来たのは、例のごとく父親の秘書だった。
達也の親は、息子の入院中、ついぞ顔を見せなかったことになる。
無論、自分が口出しすべき問題でないことは、佐知子とて承知しているし。
いま、こんな時間を過ごせるのも、達也の特異な家庭環境のおかげと言えるわけだから。
「お義理で家に顔出しするよか、こうして佐知子と過ごすほうが、ずっといい」
結局は、達也から、そんな言葉を引き出したかっただけなのかもしれない。
佐知子、と。もう当たり前に呼び捨てられることも、心地よかった。
「僕のほうこそ、申し訳ないかな。裕樹くんの夕食を横取りしたみたいで」
「いいのよ」 簡単に、佐知子は答えた。
「裕樹は、私の料理なんか食べ飽きてるから。たまには店屋物もいい、なんて、喜んでるんじゃないかしら」
嘘や誤魔化しを言っているつもりはなかった(最近は、裕樹のためにこんな手のこんだ、心のこもった食事など作っていなかったという事実は棚上げしていたけれども)。佐知子としては、本気でそう言って、それで、その話の流れは打ち切りにしたいという気ぶりをのぞかせる。
煩わしい、という思いがあった。
達也と過ごす大事な時間に、家庭のことや裕樹のことを思い出したくはなかった。
思いもかけず手に入れた“恋”という“非日常”に酔うのに“日常”に属することがらは、邪魔なだけだった。
だから、裕樹のことも“切り離しておきたい”と考える佐知子は、まだ“切り捨てる”というほどの覚悟を定めてはいなかったが。
「じゃあ、これから毎日、メシ作りにきてもらおうかな」
軽い調子で達也が言うのに、
「いいわよ」
また、こんな時間を持つことが出来るという期待、達也の部屋へ通うことを習慣のようにしたいという願望に、飛びつくように応えを返してしまっては。
佐知子の崩れぶり、これまで生きてきた“日常”との隔絶は、本人の自覚よりもずっと進んでいるようである。
それでも、さすがに正直すぎる自分の反応に気恥ずかしさを感じたのか、
「…でも、そうしたら、達也くんも、すぐに飽きてしまうかも」
「料理に? それとも、佐知子に?」
「……もうっ」
赤面して、達也を睨みつけるようにして。そのくせ眼にはネットリと媚びの色を浮べる、そんな佐知子の反応を、達也は“相変わらず面白いな”と思いながら、
「ハハ、冗談だよ。飽きるわけないじゃない」
“……料理は、な”という言葉は、胸中で付け足した。
「……すぐ、そうやってからかうんだから…」
佐知子は、なおも年甲斐もない拗ね顔を作ってみせるが、
「でも、佐知子の料理は本当に気にいったよ」
達也は、それ以上のフォロウはせずに、尊大に言った。このあたりの対応は、どんどんぞんざいになっている。
「通いの家政婦の作るメシは、どうも味気なくて」
「……………」 佐知子は目を伏せて、微妙な感情の揺れを隠した。
本当に……家政婦なのだろうか?と疑う気持ちがある。
清潔に保たれ、器具や調味料の類まで実に使いよいかたちで配置されたキッチンの雰囲気からは、ビジネスライクなものではない、もっと暖かで細やかな息づかいのようなものが感じられた。
自分と同じように、達也のための食事を作ることに喜びを持ってそこに立ち働く、別の女の存在を感じとってしまったのだ。
だが、それを達也に問い質すことは出来ない。
そんな“女の勘”といった曖昧なものではなく、もっと明白な証拠を見つけたとしても……なにも言えないだろう。
そんなことを言える立場でない、という自覚がある。
達也にノメりこむばノメりこむほどに、佐知子は自分の年齢を負い目と感じる気持ちを強めていた。
ハナから、対等の関係など、ありえるはずがないのだ。
息子と同じ年の少年を、本気で愛してしまった自分は、精一杯、彼の意に沿うことだけを考え、嫌われぬよう厭かれぬよう努めるしかないと思っている。それが、当然のことだと。
だから、胸に兆した僅かな嫉妬の感情も、気づかれるわけにはいかないと、懸命に佐知子は表情を殺した。
達也が望んでくれるなら毎日でも通いつめて、食事やその他の世話もしてあげたいと思う。
はるか年下の情人を繋ぎ止めるためなら、なんでもする気になっている自分をいじましく感じて。しかし、そんな、いじましい自分に泣きたいような切なさと愛しさを覚えてしまう佐知子には。
この迷妄からの出口はなく。探す気もないようだった。
……ゆっくりと時間をかけた晩餐も、やがて終わって。
キレイに平らげられた料理に、また幸福を噛み締めながら佐知子は片付けに取り掛かった。
「いいよ。置いとけば、明日、家政婦がやるから」
「ダメよ、そんなの」 達也の勧めは断って、エプロンを着ける。
家政婦にでも、そんなダラしない痕跡は見せたくないし。
もし……それ以外の女だったら。絶対にそんな失態は晒せないと思った。
女の対抗心を燃やして、流しに立った佐知子だったが。
「あっ…」 不意に背後から抱きしめられて、小さく声を上げて、身体をこわばらせた。
「達也、くん…」 両腕を佐知子の豊かな胸の下にまわして、達也は身体を合わせた。
抱擁はあくまで柔らかく、しかし佐知子の背には、固い胸板の感触。
達也の匂いと、体温。
「僕、お風呂に入りたいんだけど」
耳朶を噛むようにして囁かれると、それだけで佐知子の鼻からは甘い息が抜けて。
クタリと、達也の胸に体重を預けていった。
「一緒に、入らない?」
「……………」 身体に巻きついた達也の腕を、そっと掴んで。
コクンと、佐知子はうなずいた。
……浴室も贅沢な造りで。
痴戯を繰り広げる場所として充分な広さがあったが。
しかし、すぐには淫猥な戯れがはじまるわけではなかったのだった。
まずは、垢である。
達也にとっては、久方ぶりの風呂だ。入院中も毎日佐知子に身体を拭かせてはいたし、“そんな汚いものは溜めこんでないよ”ってな顔をしていた達也であるけれども。
やはり新陳代謝の活発な年齢でもあり、湯気に暖められた肌を擦れば、もう“出るわ出るわ”の状態だった。
しかし達也は、ボロボロ出てくる垢にも恥ずかしがるでもなく、悠然たる態度で、佐知子の手に身を任せている。
当然のこととして、達也の身体を洗い清めるのは、佐知子の役目だった。
腰かけに座った達也の後ろに膝をついて、広い肩から背中をゴシゴシと擦りたてる。スポンジを持った両腕には力がこもり、額には浴室の熱気のせいではない汗が滲んでいる。擦りおろす動きのたびに、裸の胸乳がタプタプと揺れ弾んだ。
佐知子もまた、いくらでも出てくる垢を、汚いと厭う気ぶりなど少しも見せなかった。
一心不乱といったていで作業に勤しむ佐知子の顔には、達也の肉体を清め磨きたてることへの喜びが滲んでいた。
同じように身体を洗うという行為であっても、数日前、自宅の浴室で裕樹にしてやった時とは、佐知子の気持ちのありようは、まるで違っていた。
“世話をやく”のではなくて“仕える”。
母性の充足ではなく、下僕としての奉仕の欲求を満たされることにこよない喜びを感じて。佐知子はさらに行為に熱をこめていく。
背面を洗い終えれば、膝歩きで達也の前方へとまわりこむ。
達也に向きを変えさせるのではなくて、白く豊艶な肉置を揺らしながら、自分の位置を移すことを、ごく当たり前に選ぶあたりは。やはり、下僕とも奴婢とも呼ぶべき心情に染まっていることの表れであったろう。
大きく両脚を広げて座った達也の前に跪いて。
これまでとは異なった状況で裸身を正対させることへの羞恥に頬を染めながら、達也の首筋から胸元へとスポンジを這わせていく。
相変わらず“よきにはからえ”といった態勢の達也が、心地よさそうに眼を細めるのが、嬉しかった。
佐知子もまた、逞しい達也の肉体の特徴を、惚れぼれとした眼で眺めながら、腕を腹を洗い清めていく。
腰まで辿りつくと、スポンジを置いて、掌にソープをまぶした。
ソロリと伸ばした指で、まず毛叢を梳るようにして。
それから、その中心にブラ下がった肉棹をやんわりと握りしめた。
「……そこは、毎日キレイにしてもらってたけどね。佐知子に」
「……………」
「でも、その分、佐知子の臭いが染みこんじゃったかな。唾とかマン汁の臭いが」
「いやっ…」
羞恥に新たな血を面に昇らせながら、佐知子は、達也を掴んだ手にわずかに力をこめた。そのまま、ユリユルとしごきたてれば、ふてぶてしいような量感と落ち着きを示す肉塊は、ジンワリと力感を増して、佐知子に熱い息をつかせる。
もっと染みこませたい、と思った。もっと自分の臭いを染みつかせて、この素晴らしい牡肉を、自分だけのものにしてしまいたい……。
“不釣合いな組み合わせ”という引け目も弁えも、この瞬間には消失して。
佐知子の手の蠢きには、強い執着が露わになり。それを見つめる眼には牝の本能が燃え立った。
このまま、這いつくばって。むしゃぶりつきたいという衝動を堪えた。
……ようやく、手を引き剥がして。佐知子は本来の作業に戻った。
腿から膝、さらに足先へと丹念に垢をこそげていく。
「……大丈夫?」
今日、包帯を外したばかりの左足に慎重に触れながら、気遣わしげに訊いた。
「全然平気」
こともなげに言って、達也は爪先を浮かせて、足首を回してみせた。
もともと残りの数日は大事をとるための期間で、一応は完治していればこそ、医師も退院を認めたのだったが。
そんな性急さ乱暴さも、若さのゆえかと、眩しい思いで佐知子は見て。
正座に揃えた両腿の上に、達也の左足を、そっと乗せて。足首から足の甲へと丁寧に清めた。足指の間には、指を通して汚れを落とした。

Last Update : 2008年12月04日 (木) 7:54