堕とされた母 ⑬

「くすぐったいな」 達也が言った。佐知子の献身ぶりに、相応な満足の色を浮べて。
「なんだか、王様にでもなって、奴隷にかしずかれてるみたいだ」
なにげない調子で口にした言葉は、佐知子の琴線にふれた。
「奴隷よ」 咄嗟に、そう答えて。己の言葉に、甘い痺れを背筋に走らせて。
「佐知子は、達也くんの奴隷なの」
陶然たる声で佐知子は告げて、潤んだ眼で、達也を、年若いご主人さまを見やった。
「ふーん。じゃあ…」
佐知子の陶酔ぶりには調子を合わせずに、あくまで軽く達也は言って。
柔らかな太腿の上に乗せた足を立てて、つま先を上向かせて、
「そこに、くちづけてみる? 奴隷らしく」
「………………」
ねっとりとした輝きを湛えた瞳で、佐知子は達也を見つめ、そして腿の上の足へと視線を落とした。
両手を踵のあたりにあてがい、捧げ持つようにして、軽く浮かせる。
背を丸め、細首を折るようにして、達也のつま先に顔を寄せた。
ゆっくりとした動きではあったが、ためらいはなかった。
黒い垢を浮かせ、ソープの泡を付着させた達也の足の、親指の付け根に、佐知子は唇を触れあわせた。
ブルッ…と。窮屈に折りたたんだ裸身に、歓悦の震えが走った。
「……あぁ…」 やがて、恍惚の吐息とともに、佐知子は蕩けきった顔を上げる。
腰や太腿には、まだ小刻みな痙攣が走って、まるで絶頂の直後のような様相。
いや、確かに佐知子の魂は極みに達していたのだった。
ここまで徐々に導かれてきた達也への隷属を、自ら言葉にし、行動で誓った、その刹那に。
「よくできたね」 簡潔な言葉で、達也は褒めた。
「うれしいな。こんな、いい奴隷が手に入って」
「……ああ…」 至福の情感を煽られて、佐知子は胸をあえがせた。
もっともっと尽くしたい、という思いがわく。まだ、奴隷としての務めは終わっていない。
「……立ってください……主(あるじ)さま」
スラリと。そんな科白が口から出た。口に出してみればとても正当な呼び方である気がした。
「うん?」
“主さま”ときたか……と。吹き出しそうになるのを堪えながら、達也は腰を上げた。
上背のある達也の逞しい肢体を数瞬うっとりと見上げ、その股間にブラ下がったものへと熱い視線を送ったあとで。
佐知子は、達也の硬い腿に恭しく手をかけて、そっと両脚を広げさせると、
その間に、揃えた膝を滑りこませた。
片手で、達也の肉根をふぐりごと持ち上げて。上体を折って、その下へと顔を差しこんだ。
無理に首をねじって見上げた先に、達也の会陰部が露わになっている。
腰かけに座った姿勢では清められなかった、その部分には、ひときわ濃密な臭気がこもっていたのだが。
「……ハァ…」
その饐えたような異臭を、佐知子は深く鼻孔に吸いこんで、また蕩けた声を洩らした。
凝縮された達也の匂いを堪能してから、手にしたスポンジをあてがった。
仁王立ちの達也の股下に潜りこんだかたちで、丁寧に、会陰から肛門まで清めていく。
そのあと、もう一度達也を座らせて、髪を洗った。
若々しい髪の質感を味わうように、丹念に指をくぐらせ、丁重に爪を立てて。
そうして、まさに天辺からつま先まで磨き終えた達也の身体を、シャワーの湯で流していく。慎重に温度を調節した湯流を、まず頭頂から浴びせて、指で念入りにシャンプーの泡を掻き落とす。
そのまま首から肩と下っていって、掌で撫でさするようにして、肌から石鹸と垢を流した。
相変わらず、達也はデンと座ったままで。
中腰になった佐知子が前後に立ちまわって、背を流し、胸や腹を流した。
腰まで流し終われば、達也はスッと立ち上がり、佐知子は、ごく自然に跪いて。
緩やかに扱きたてるように逸物を洗い、柔らかく揉みしだくように袋を洗った。
愛おしむような手つきで尻を洗い、そのあわいに手を差しこんで清めた。
ようやく足先まで辿り着き、交互に足裏を流して。
フウと満足の息をついて、佐知子は顔を上げる。
たちまち、その双眸は、うっとりと蕩けていった。
名匠の手による彫像のごとき見事な牡の肉体が、そこに佇立していた。
彫刻のような均整美を誇りながら、同時に若々しい生命力を漲らせた肉体。
佐知子によって徹底的に磨かれた肌は、健康的な血色を巡らせて。
湯に濡れた薄い皮膚の下に、しなやかな筋肉が浮き上がるのが艶かしい。
濡れた髪を後ろになでつけているのが、いっそう達也を大人びて見せて。
佐知子は、あらためて達也の眉目の秀麗さに眼を奪われ、逞しくセクシーな肉体に胸をときめかせて。そして、視線は、やはり達也の中心へと吸い寄せられる。
うなだれたままでも充分にその魁偉さを主張する肉塊は、逞しい体躯と比してもふつりあいな大きさで。美しい均衡を壊しているともいえるのだが。
しかしそれは、達也の、卓絶した牡としての力の象徴であるのだから。
佐知子は、眼前にそびえる裸身の、それらすべての特徴に熱い崇拝の眼差しを注いで。
再び、その足元へとひれ伏し、達也の足へとくちづけて、久遠の忠誠を誓いたいという衝動にかられたのだが。
「サッパリしたな。ありがとね」
達也は、そんな佐知子の気ぶりは無視して、さっさと湯船に向かってしまった。
「あ……」
思わず、惜しげな声を洩らして。腰を浮かせ、達也へと手を伸ばしかけた半端なポーズで固まる佐知子を尻目に、達也は湯の中へ身体を沈めた。
フウと、心地よさげな息をついて、四肢を伸ばしてから、
「身体、洗わないの?」 所在なげに見ている佐知子へと向いて、そう言った。
「それとも、今度は僕に洗ってほしい?」
「い、いえ…」 慌てたように眼を逸らして。
佐知子は、手にしていたスポンジにボディ・ソープを注ぎ足すと、しゃがんだまま、体の向きを変えた。
達也に背中と臀を向けて、しきりに気にするようすを見せながら手早く身体を洗っていく。
「………?」 なにをいまさら恥ずかしがるのか、と。達也は奇異に感じて。
だからこそ、ジーッと見つめてやった。巨大な逆ハート型を描く佐知子の臀のあたりを。
敏感にそれを察知して、佐知子は、ますます羞恥の色を強めて、
「……あまり、見ないで…」 わずかに振り向いて、小さい声で、そう言った。
媚態ではなく、本気で恥ずかしがっていた。
達也の平生な態度によって、“奴隷”の陶酔は破られてしまったから。
達也に見られながら、身体を洗うという初めての行為が恥ずかしい。
なによりも、今しがたまで惚れぼれと眺めていた達也の美しい肉体と、自分の身体を比べると、消え入りたいような思いにかられてしまう。
たっぷりと肉をつけた中年の女の体。無駄なほどに肉を実らせた乳房や尻。
見苦しい。若い男の精悍な肉体のように、美しくはない……。
「……ふむ?」 そんな、佐知子の屈折した心理を、達也は別に追及しようとも思わない。
“年増ゴコロも、フクザツだな”と、テキトーに片付けて。
達也は、レストに頭をもたれて、目を閉じた。
達也が目をつぶったのを見てとると、佐知子は、いっそう手を早めた。
“今のうちに”という急ぎぶりは、達也の身体を洗った時とはえらい違いだった。まあ、こちらは毎日長風呂につかって、念入りに磨いていた体だから、それでもいいのだろうが。
猛烈な勢いで動いていた手が滞ったのは下腹から股間へと下りようとしたところでだった。
「……………」
勿論、そこを洗わないわけにはいかない。このあと、たっぷりと達也に可愛がってもらう場所なのだから。
佐知子は、また背後をうかがって、達也が目を閉じたままなのを確認すると、そっと手を滑らせた。
息をつめるようにして、秘裂に指先を差しこむ。熱を孕んだ肉弁は、軽く触れただけで解け開いて、タラリと蜜を零した。
達也に奉仕することの喜びと、このあとの悦楽の時間への期待だけで、既にじっとりと潤んでいる己が肉体のあさましさに恥じ入りながらも、佐知子は指を動かす。
「……フ……ん…」
洩れかかる甘い声を堪える。急く心と入念にという気持ちが拮抗し、そのどちらの意識にも反して洗浄という行為から逸脱しようとする指を懸命に制御して…と、なかなかの難業になった。
どうにか、達也を迎えるための場所を清め終えて。
また達也のほうを気にしながら、臀肌を洗い、肢を洗って。
シャワーで手早く泡と汚れを流して、軽い安堵の息をついた後に。
…さて? と、佐知子は次の行動に迷って、達也を見やった。
まどろんでいるかに見えた達也が目を開いて、しゃがみこんだまま身を竦めるようにしている佐知子を手招いた。
「おいでよ。一緒に入ろう」
「え、あ、でも……」
そう言いながらも、佐知子は重たい臀を上げて、中腰でそろそろと近寄った。
達也のように堂々と裸身を晒すことは出来ず、へっぴり腰で傍までは寄ったが。
そこでまた、佐知子は逡巡する。
掘り下げの浴槽は広かったが。いまは、寝そべった達也の長身が占有していた。
さあ、と達也が差し伸べた手をとって、佐知子はおずおずと低い段差を跨いだ。
達也の両脚の間に片足をついたとき、
「キャッ…」
繋いだ手を強く引かれて、体勢が崩れる。達也の上へ倒れかかるのを柔らかく抱きとめられ、体をまわされて。
気がつけば、上体を起こした達也の胸に背を預け、腰の上に座りこむかたちになっていた。
「乱暴よ、達也くん……」
詰るように言ったのは、盛大に溢れ出した湯を気にしたせいでもあった。
……静かに入れば、あんなに溢れるはずはないのに。
「フフ…」 達也は、ただ笑って、佐知子の胴を両腕で抱き、さらに身体を密着させた。
そうされると、佐知子も不機嫌を装いつづけることは出来ない。
力を抜いて、達也へともたれかかりながら、
「……重くない?」 と、甘えるように、少しだけ不安そうに、訊いた。
「お湯の中だからね。なんとか」
「……意地悪」
達也のからかいに口を尖らせて、体にまわされた腕を軽くつねった。
甘ったるいやりとりは、先刻までの倒錯した雰囲気の反動だったろうか。
バランスを取り戻そうとする無意識が働いていたのかもしれないが。
しかし、佐知子が、奴隷を自称し、達也を“主さま”と呼んだことは、まぎれもない事実である。達也の足にくちづけして隷属を誓ったのも、その瞬間に佐知子が味わった至福の情感も。
佐知子には、どうでもよくなっている。
いずれ、この身も心も、達也に捧げたものだから。それが受け容れられるのであれば恋人だろうが奴隷だろうが……。
いまはこうして、優しく抱きしめられていることの幸せにひたるだけ。
心地よい湯の中で、達也と体を合わせて。逞しい腕を、硬い胸の感触を肌身に感じている。
「……ずっと、こうしていたい」 うっとりと眼を閉じて、佐知子は呟いた。
「本当に? このままでいいの?」
皮肉な口調で達也は問い質して。半ばまで湯に沈んで、ゆらめいている佐知子の豊乳を掴んだ。
「……あ…」
「もっとキモチいいこと、したくないの? 佐知子は」
「……もう……意地悪ばかり…」 薄く開いた眼で、恨むように達也を見て。
佐知子は首をねじって、意地の悪い言葉を吐く達也の唇を塞いだ。
達也は、軽く佐知子の口舌を嬲ってやりながら、やわやわと乳房を揉みしだいた。
「……ぁあっ」
堪えかねたように口吻を解いた時には、佐知子の息は昂ぶりに荒くなっていた。
乳への愛撫だけでなく、臀裂にあたる達也の硬い肉の感触が佐知子の気をそぞろにさせる。
「せっかくだから。ここで、もう少し愉しんでから、ベッドに行こうか」
無論、佐知子に否やはなかった。
“お楽しみ”の準備は、当然佐知子がするわけである。湯につかったままの達也の指図を受けて。
洗い場にバス・マットを敷く。
脱衣所の棚から、小型のポリ容器を持ち出してきた。
容器の中身、ドロリとした透明の液体―原液のローションを洗面器に注ぐ。
湯で薄めて、かき混ぜる。
そこまで用意が整うと、達也は浴槽から出た。半ばまで頭をもたげた逸物を重たげに揺らしながら、マットの上に仰向けに寝そべった。
「かけて。全身にね」
佐知子は両手で持ち上げた洗面器を、達也の体の上でゆっくりと傾けて、ローションを垂らした。胸から腹へ、両脚へとかけた粘性の液体を達也に指示される通り、掌で伸ばして万遍なく塗りこんでいく。
ヌメった触感を手肌に味わい、達也の肌がヌラヌラとした輝きを帯びていくのが、奇妙に艶めかしく目に映って、佐知子の胸をどよめかせた。
コクン、と唾をのんで。固い腹筋を撫でていた手を、股間へと滑らせようとした時、
「前は終わったかな」
見透かしたようなタイミングで、達也は体を反転させてしまった。
一瞬、無念そうな表情を浮かべてから、佐知子は達也の背面にも同様の作業を行う。
それが終わると、達也は、自分の体にも塗るよう、佐知子に指示した。
「……………」
佐知子は洗面器に残った粘液を見やって、どこか怖々と手を伸ばした。
片手に掬い取って、まずは二の腕に塗ってみる。
ヌルリと、肌にまといつく感触。ゆっくりと掌を滑らせればゾワゾワとした刺激が走って、
「……ん…」 佐知子は微妙な息を鼻から洩らした。
「どう?」 うつ伏せのまま顔を向けて、達也が訊いた。
「……変な…感じ…」 言葉通り、判断に迷うような表情で佐知子は答えた。
「ちゃんと全身に塗るんだよ。特に、オッパイには念入りにね」
「………………」
戸惑いを浮かべながらも小さく頷いて、佐知子は新たにローションを汲んだ。
躊躇の色を見せながら、その手を肉房の上側へあてがう。
「……あ……」
今度は、ハッキリ快味と判別できる感覚が走って、佐知子は喉をそらした。
手が勝手に動いて、乳房の隆いスロープを撫で上げ、撫で下ろすと、
「……あ、ふぁ、」
快感はいっそう強まって、甘い声が洩れた。
巨きな肉房を掴みしめるかたちに広げた指に力がこもる。指先が、みるみる充血を強めた乳首な乳曇に触れると、ひときわ鮮烈な刺激が突き抜けた。
ジッと見つめている達也の視線に気づいて、佐知子は溺れこみそうになる官能を堪え、熱い乳房から手を引き離した。
片側の乳には、掬ったローションをふりかけるようにして、軽く伸ばすけで済ませた。
それでも、もう、そのヌメった感触を快味と理解してしまった肌は玄妙な刺激を受け取ってしまう。それは、他の部位へと作業の手を移しても同様だった。
腹も脚も、その粘液をまぶすと、グンと感度を強めて、自分の手に過敏なほどに感応してしまう。ことに脇腹や内腿をヌルヌルの掌で撫でつけた時には、背筋に甘い痺れを走らせずにはいられなかった。
佐知子は横座りになって足先まで手を這わせた。膝や踝といった部分でさえ、感じることが出来るのだと知った。
股間にだけは、その魔性の液を塗りこめる勇気がなくて、叢を濡らす程度にとどめた。
どうにか、作業を終えた。
乳も腹も太腿も、テラテラとぬめ光らせた、妖しい裸身が出来上がった。
ヌルヌルとした蜜のような液体にまみれた肌は、眺め下ろす佐知子自身の眼にも“いやらしい”と思えた。その淫猥さが、胸をざわめかせる。
ボーと上気させた顔を上げて、佐知子は諮るように達也を見た。
「そのまま、重なってくるんだ」
「………………」 それは、ここまでくれば佐知子にも予想できた行為だったが。
あまりにも淫奔な営みに思えて、佐知子は気後れしてしまう。この卑猥なぬめりをまとった身体を重ねて、ヌルヌルの肌を擦りあわせる……。
それは……いったい、どんな感覚だろうか、と思った。どれほどの刺激だろう、と。
大きく喉をあえがせて、佐知子はノロノロと腰を上げた。
妖しく輝く豊艶な裸身が、ノタノタと這いずって、伏した達也へと近づいていく。
重く垂れ下がった双乳を揺らしながら、達也の傍まで這いよって、
「……………」
また逡巡を見せたあとに、佐知子は、おずおずと片肢を上げて、達也の体を跨いでいった。犬みたいに……と、己のあさましい態勢を自覚して羞恥の血を昇らせながら。
「あっ」
達也の腰に乗せた臀が、ズルリと滑った。佐知子は咄嗟に体を前に倒して、達也の肩につかまる。体勢を安定させようと腰を蠢かせると、
「くすぐったいな」 毛饅頭で、達也の尻を擦るような具合になった。
「もっとピッタリ、身体を合わせればいいんだよ」
組んだ両腕に顎をのせた気楽な姿勢、向こうを向いたままで達也は指示する。
内股の接触だけで、落ち着かぬ気分にさせられていた佐知子は、それへと恨めしそうな眼を向けて。それでも言われるままに、達也の背中についた両肘を横に滑らせて、体を倒していった。
「……あっ…」
乳房の先端が擦れて佐知子はビクリと反応した。腕から力が抜けて、そのまま体が崩れた。
「……あぁ、ふ…あ……」
引き締まった、若々しい肌色の身体の上に、ぬめ白い豊満な肉体が折り重なった。
ふたつの体の間に押し潰された巨大な乳肉が、佐知子の微かな身動ぎにつれて、たわみ、歪む。繊細な柔肉に感じるヌルヌルとした摩擦に、佐知子は甘い息を吹きこぼした。身体を安定させようと、達也の肩につかまる手に力をこめ、両腿でギュッと達也の尻を挟みこむ。そうすると、よりいっそう密着の度合いは強まって、乳房が圧迫された。
しばし、その体勢で気息を整える。
「……ずっと、そうやって貼りついてるつもり?」 達也が訊いた。
「ど、どうすれば……?」
心細げな声を佐知子は返す。懸命に仰のかせた喉から顎のあたりまで、ローションが付着している。
「佐知子がキモチよくなるように、動いてみればいいんだよ」
相変わらず、あちらを向いたままで答える達也に、佐知子は、また恨めしげな眼を向けた。
いつもそうだ。達也は仄めかす言い方をするだけで。
佐知子は、自分から淫奔な振る舞いを選ぶしかなくなってしまうのだった。
そして、この場でも、佐知子はそれを選んだ。
両腕を踏ん張って僅かに身体の密着を緩めると、ゆるゆると身体を前後に滑らせはじめた。
「こ、こう?」
「ああ、いい感じ」
呑気に答える達也に、小面憎いような気持ちになる。達也の声に心地よさげな響きを聞いて、喜びを感じる自分が口惜しい。
そして、擦れあう肌から伝わる刺激に、はや呼吸を弾ませて。
達也の言いぐさ通りに、よりキモチいい動きを探しはじめてしまっている、
己の肉体の貪婪さが恥ずかしく、口惜しかった。
「……いつも」 それを誤魔化すように。ズルい情人への意趣返しのような思いもこめて。
佐知子は、呑みこんでいた言葉を口から出してしまった。
「いつも……こんなことを……しているのね…?」
こんな物を、淫らな遊びのための小道具を常備しているということは、と。
先ほどから、胸の隅にわだかまっていた思いを佐知子は口にしてしまった。
「うーん?」 達也は返答にもならぬ声を返しただけ。笑っているようだった。
しかし、佐知子も、それ以上追及する気にはなれなかった。
「……いいの……なんでも…ない」
聞きたくはない……という以上に、それどころではなくなってきていた。
人造の蜜にまみれて肌と肌をからめあう、この猥褻な行為の快感。
それを味わうことだけが意識を占めていって。佐知子は、達也の背の上でのたうち踊る動きを、より大胆な、より淫猥なものへと変えていく。
「いいよ。なかなか上手」 積極的に快楽を求めはじめた佐知子の動きを、達也が褒める。
「本当に、佐知子は呑みこみが早いなあ」
「……………」
「それに、つくづく、いやらしいことをするのにピッタリな身体をしてる」
「…そんな…こと…」 弱々しく異を唱えようとする息が乱れる。
「これだって、やっぱり佐知子みたいなムッチリした体じゃないと、つまらないからね」
「……いや……」
「デカくて柔らかいオッパイが擦れて……フフ、その中に固いポッチがふたつ、コリコリって当たってる」
「…あぁ……」 恥辱と昂奮に、佐知子は泣くような声を上げた。
その、達也の背に“コリコリ”と当たっている“ふたつのポッチ”こそ佐知子を悩乱させる刺激の源泉となっている。充血しきった乳首を達也の固い背肌にくじられると、歯の浮くような甘美な愉悦が突き抜けるのだった。
たまらぬ刺激に、すすり泣くような声を洩らしながら、佐知子は、淫らな粘液にまみれた肉体を、いっそう激しくのたくらせていく。
巨きな乳房を前後左右に滑らせ、円を描くような動きさえ加えて。
その自らの動きで、ビンビンに尖った肉葡萄を転がして、ビリビリと脳天に届く快感に、さらに身悶えを苛烈に淫猥にしていく。
「アァッ、イイの、キモチいいっ」
上擦った声で愉悦を叫んだ。言葉にすることで、少しでも快楽を吐き出さなければ、耐えられなかった。
「オッパイが、オッパイ、擦れて、感じる、」
いつしか、佐知子の両腕は、達也の脇から伏せた胸の下へと潜りこんで、ヒシとしがみついている。ローションに汚れることも厭わずに淫情にのぼせた横顔を、達也の肩にすり寄せていた。
尻を跨いでいた双肢は、達也の下半身に乗り上げて、平泳ぎのような動きでヌルヌルと蠢き、からみつこうとする。
こんもりと盛り上がった臀をふりたくって、恥毛を海藻のように貼りつけた土手マンを達也の腰に擦りつけた。
少しでも多くの接触を摩擦を得ようと、全身を駆使して。
夢中で、粘液にまみれた肌のまぐわいに興じる佐知子の姿は、のたうつ一匹の白い蛇のようにも見えた。逞しい牡獣の肉体に、その妖しく光る白い身体を巻きつけて、からめとろうとしているように。
と、妖しく美しい肉蛇を絡みつかせて、悠然と横たわっていた達也が、顔を上げて、わずかに振り向いた。
「……あぁ、達也くぅん…」
蕩けた眼を向けて、昂ぶりに震える声で呼ぶ佐知子に、薄く笑って。
伸ばした指で、自分の肩口から、チョイとローションを掬いとると、
「これ、身体には無害なんだよね。味もないし」
そう言って。指先からローションを舐めとってみせた。
それ以上の示唆は必要なかった。
直ちに。むさぼりつくといった勢いで。
佐知子は目の前の達也の背肌に吸いついていった。
ブチュッと、湿った音をたてて、窄めた唇が吸いつく。
キスではなくて吸引、その激しさは、
「うはっ」
さしもの達也が、奇怪な笑声を上げて、ビクリと身を震わせたほどだった。
なおも長く執拗に吸いたてて。また、ヂュパッと派手な音を響かせながら
佐知子が口を離したときには、達也の肌には、うっすらと痕が残った。
口許や鼻までローションを付着させた佐知子は、荒く深い息をついて、しかし、すぐまた、テラテラと妖しく艶ひかる紅唇を達也の背へと押しつけていく。
細首を左右にふり、顔を傾げて、達也の広い背中のそこかしこに熱烈な口吻を注ぎ、ペロペロと舐めずり、チューチューと吸いたてた。
フンフンと鼻を鳴らして、頬に貼りつく乱れ髪を時折うるさげに振り払いながら、物狂ったような激しさで、口舌を使役させる。
そうしながらも、胸や腰や腿は、貪欲に摩擦の快美を求めて蠢き続ける。
ヌメヌメと白い鱗を輝かせて、蛇が踊る。長く伸びた紅い舌が、達也の背骨を辿って、腰へと向かう。たわみ、押し潰されて、いっそう淫らにかたちを歪めた熟れた乳房が、固い尻の上を滑っていく。
ムッチリと肉を実らせた両の腿で達也の片脚を挟んで、豊臀を揺さぶり、引き締まった太腿へと股間を擦りつけた。
目も当てられないほどの狂態、醜態といっていいほどのザマを演じながら。
それによって、佐知子の血肉は、さらに昂ぶっていく。際限もなく。
淫らな熱だけに衝き動かされる白い肉塊が、またズルリと滑って。
「……ああぁ…」
佐知子は蜜をまぶしたような声を洩らして、達也の尻に頬を擦りよせた。
求愛の口吻を雨と降らせて、愛しげに舌で舐めまわし、歯をたてた。
それでも足りずに、鼻先をあわいへと差しこむ。犬のように嗅ぐ。
指をたてて、双臀の肉をくつろげて。
姿を表した菊門へと、唇をふるいつかせた。音たてて吸った。
「おうっ」 達也が快美のうめきを洩らす。
ピッタリと唇を吸いつかせたままで、佐知子は窄まりの中心に尖らせた舌先を挿しこんだ。
「うっ、あ」 さしもの達也が、快感を露わな声にして、腰を震わせる。
キュッと尻肉が緊張するのが、佐知子の手に伝わった。
達也の、滅多に見せない素直な反応が、佐知子を喜ばせる。
ヒクヒクとわなないて、舌を締めつけるアヌスが、愛しくてたまらない。
達也のこんな部分にまで愛を捧げている、という思いに、深い充足と陶酔を感じた。
すでにキレイに洗い清められているのが、惜しかった。
ローションを塗された肛門から、達也の味と匂いを掘り出そうとするかのごとく、舌先で窄みを抉り、皺をなぞった。
「やるなあ……」
感心するような、呆れるような声を上げて。達也は肘をついて上体を起こした。
達也の身動ぎを感じ取って。なおも未練らしく菊門をねぶってから、佐知子は、達也の臀裂に埋めていた顔を上げた。
当然ながら、もう顔中がローションまみれだった。付着した粘液の上を汗が流れて、まだらになっている。やはり汚れた黒髪が、頬や額に貼りついている。
激しい押捺と吸引に腫れぼったくなった唇が半開きになって、紅い舌が物欲しげにそよいでいた。
潤み、蕩けて、ただ淫欲の炎だけを燃え盛らせる眸が達也を見つめた。
「フフ、発情したオマ○コみたいな顔になってる」
凄惨とも酸鼻ともいえるような佐知子の状態を、酷く、しかし的確に表現して。
達也は、脚の上に佐知子を乗せたまま、体を回転させた。
圧し掛かった重たい乳房を、腿で押し上げるようにしながら、仰向けに直ると、
「ああっ」
長大な肉塊が、バネ仕掛けのように姿を現した。
それは、背中やアヌスへ受けた熱烈なオーラル行為による刺激ですでに完全に近くまで漲っている。
魂消たような歓声を張り上げて、眼を見開いた佐知子は、すぐにその表情をドロリと溶けさせて、眼前にそそり立った巨大な肉塔を見つめた。
怪物的な雄根も、当然ながら卑猥な粘液にまみれていて。てらてらとした輝きが、その獰猛なまでの迫力を、いっそう強調するようで。
「……あぁ…」
大きく胸をあえがせて、燃えるような息をついた佐知子は、達也の両腿に置いていた手を中心へと向けて滑らせていって。
屹立の根と幹を、両手で、そっと握りしめた。
「……熱い…硬い…」
達也のシンボルに触れるたびに洩らしてきた、その感嘆が、この時も勝手に口をついた。
回りきらぬ指に力をこめて、その熱と硬度を確かめ。
その先端へと、佐知子は紅唇を寄せていったのだが。
「胸で、してよ」
そこで、達也から声がかかった。
唇が達也に触れる寸前、佐知子は動きを止めてうっとりと閉ざそうとしていた瞼を上げる。
見れば、組んだ手を枕に気楽な風情で横たわった達也は心地よさそうに目をつむっている。
その人もなげな態度にか、愛しい牡肉へのくちづけを邪魔されたからか、一瞬、佐知子は口惜しげな表情を覗かせたが。
それでも、
「……はい…」
従順な応えを返して、達也の肉体から手を離して、胸を起こした。
-25-
執拗に摩擦されて赤く色づき、谷間にはローションが糸を引いた、淫らな景色の乳房を、掬い上げるように両手で掴んで、体を前へと進めた。
双の肉房の間に、達也の怒張を挟んで。包みこむように、肉を寄せていく。
「……あぁ…」
今度は繊細な胸肌に、逞しいペニスを感じて。佐知子は熱い息をついて、悩ましく眉をたわめた。
ゆっくりと体を上下させて、乳房で達也を扱きたてていく。
無論、病室での情事の中で、達也に教えられた行為だ。
こんな愛撫の方法があることも、“パイズリ”と呼ぶことも知らなかった佐知子の動きは、まだぎこちないものだが。
「ああ、いいよ」
達也は、率直に快感を伝えた。といっても、賞賛するのは佐知子の未熟な技巧ではなくて、
「やっぱり、佐知子の熟れたオッパイは、パイズリにピッタリだな」
熟れきった巨乳の、たっぷりとした量感と極上の肉質だった。
「……そう…なの…?」 乳房の奉仕を続けながら、佐知子が訊いた。
「ああ、最高にキモチいいオッパイだよ。柔らかくて、でも弾力があって」
それに、と。達也は股間を顎で指して、
「ヴォリュームたっぷりだから、僕のを、スッポリ包みこめてる」
「……………」 佐知子も、自分の胸元へと視線を戻した。
達也の言葉通り、柔軟にかたちを歪めたタップリの乳肉が、達也の巨根を包みこんで。
双乳の合わせ目から、赤く充血しきった亀頭だけが現れては消える。
確かに、これほどたわわな肉房でなければ、達也の魁偉な肉塊をこんなふうに覆うことは出来ないだろう。また、これほどの長大な肉根でなければ、佐知子の巨乳の中に、完全に埋まりこんでしまうだろう。
拮抗が、肉と肉の戯れあいを、ひときわ淫猥なものにしている。
佐知子は、魅入られたように、その淫らな景色を見つめた。塗りたくられたローションの効果もあって、身の動きを、どんどんなめらかに、ダイナミックにしていきながら、己が乳房と達也の牡肉が相打つさまを凝視して。
「……お乳を……犯されているみたい…」
呟きは、小さく、どこか朦朧たるものではあったが。
真実、そうとしか言いようのない感覚を、佐知子は味わっている。
ゴツゴツと節くれだった硬い肉鉄への“パイズリ”の行為が、常に増して敏感になっている乳肉に、痺れるような愉悦をもたらす。
ことに、張り出した硬い肉エラで擦りたてられるのが、たまらなかった。
「…ああ……感じる…」
灼けつくような乳房の快楽が、佐知子の動きを、さらに淫奔な白熱したものにしていく。
「今度は、オッパイがオマ○コになっちゃったんだ?」
達也の嘲弄の言葉にも、佐知子は素直にうなずきかえした。まったく、その通りだと思えたから。
「じゃ、もっと締めてみてよ。ギューッと。佐知子の乳マ○コで」
「ああっ、締める、しめるわっ」
ふたつ返事で。
佐知子は、双乳を寄せ合わせる力を強めて“乳マ○コ”を締めた。ギューッと。
トロけた熟れ肉が達也の剛直にからみつく。ヌッチャヌッチャと、卑猥なまぐわいの音が大きくなる。
「ねえ、キモチいい? 佐知子のオッパイ、キモチいい?」
「ああ、いいよ。佐知子の乳マ○コ、最高だよ」
「うれしい、もっと、もっとキモチよくなって」
達也には珍しい手放しの賞賛が、佐知子の狂乱を煽る。
締めつけを強め行為を激しくすれば、それだけ乳房に跳ね返ってくる刺激も大きくなった。
「佐知子もイイのっ硬いオチンチンで擦られてお乳のオマ○コキモチいいっイイのぉッ」
あられもない言葉を吐き散らしながら、佐知子は貪婪に快感を求める。
たわわなふくらみを押し潰した指が淫猥に蠢いて、燃え盛る熟れ肉を揉みしだく。
弾けそうなほど膨張した乳首を摘んで、ねじくり、扱きたてる。
「ヒイイッ、ああああ」 電流のような快感に喉を反らし、甲高い叫びを迸らせて。
それでも、まだ足りないと。片手に怒張を握りしめて、先端を乳首へと圧しつけたのは、本能が咄嗟に選んだ行動だった。
「ひっ、あああっ」
亀頭の独特の肉質で、疼き狂う乳首をくじると、歯の浮くような愉悦が突き抜けた。
さらに、胸を押し出して、ペニスを乳房に突き刺していく。
「ああっ、乳首が、乳首、潰れる、つぶれちゃう」
自分自身でいたぶる胸先に血走った眼を向けて、甘い悲鳴を上げる。
そのまま、握った剛直をまわして、乳肉の中に埋まりこんだ乳首を転がした。
「アヒッ、ち、乳首、グリグリって、オチンチン、乳首、ひあああっ」
「アハハ、乳ファックから、今度は乳首ファックだ」
「あっ、イイッ、キモチいい、オッパイ、乳首、いいぃっ」
その珍奇にして淫蕩な戯れにハマりこんで、佐知子は引っ切り無しの喜悦の声を張り上げ。
それを笑った達也も、コリコリとした肉蕾に鈴口をくすぐられる玄妙な快感を味わって、遂情の兆しを感じはじめている。
その情動は、ひときわの漲りと強くなる脈動によって、犯される乳首へと伝わった。
「あぁ、ビクビクって、オチンチンが」
滾った叫びを発して。もう一度、亀頭で乳首をグリリと捏ねくってから、佐知子は、一段と凶暴な様相になった怒張を、再び双乳に挟みこんだ。
「スゴイ、こんな、こんなになって」
真っ赤に血の色を集めて、猛り狂う肉冠に眼を吸い寄せられながら、
「イクのね? 出そうなのね?」
期待に震える声で訊いて、脈動する剛茎へと乳肉を擦りつけた。
「ああ。佐知子の乳マ○コ、キモチいいから、もう出ちゃいそうだよ」
「ああっ、出してっ、いっぱい、出してぇっ」
狂おしく達也の吐精を求めると、佐知子は深く首を折って、長く伸ばした舌先で、達也の先端をペロペロと舐めまわした。
噴きこぼれる先走りの汁を味わって、いっそう淫情の火を燃え上がらせると、圧しつけた乳房を剛直の根元へと滑らせながら体を沈めて、大きく開いた口唇に、巨大な肉瘤を咥えこんだ。
ジュポジュポと下品な音を響かせ、小刻みに頭を上下させる。
窮屈に充たされた口腔の中で、舌を淫猥に蠢かせて、達也の官能を追いこんでいく。
性急なフェラチオに没入しながら、その合間に“出して出して”と熱にうかされたような声で繰り返した。
「いいよ、イキそう。どうする? そのまま呑む? それとも、かけてほしい?」
「…んああ、飲ませて、かけてっ」
「どっちなのさ」 快美に緩む口許に、達也は苦笑を浮かべる。
「いいの、いいの、出して、いっぱい、熱いの、出してっ」
狂乱する佐知子には、ひとつを選べない。達也の熱い迸りを、飲み下したいし、顔や胸にかけても欲しかった。
「ちょうだい、達也くんの精液、いっぱい、佐知子にちょうだい、」
とにかく、達也の欲望の塊を受け止めたかった。熱く濃厚な牡の精にまみれたかった。それだけで、悦楽を極める予感がある。
「あああ、欲しい、精液、欲しいのっ」
見栄も恥もなく喚いて、ヒクヒクと戦慄く達也の先端に窄めた唇をふるいつかせた。
一秒でも早く、という思い入れで、強烈に吸いたてた。
「うおっ」 その刺激が、達也の引鉄を弾いた。
「んああああっ」
凄まじく膨れ上がった肉傘の裂け目から、熱精の第一波が噴き上がって、咄嗟に開いた佐知子の口へと飛びこむ。熱い波涛が喉奥を直撃した瞬間佐知子の視野は白く発光した。ゴクリと、本能的に喉を鳴らして、臓腑に落とせば、カアーッと血肉が沸騰する。
「ん、あ、アア、ああああっ」
総身を震わしながら佐知子はポッカリ開けた口で、なおも続く放射を受け止めようとする。噴火は勢いを弱めることなく連続して、大量のマグマをブッ放した。白濁の熱液は、半ばが佐知子の口腔に入り、残りは佐知子の鼻や目許にまで降りかかって、顎や胸肌に零れた。
「……あぁ……ああ、ああっ……」
望んだ通りに、いっぱいの精液を喉に注がれ、肌にブッカケられた佐知子は、絶え入るような声を洩らした。ギューッと、両手で己が乳房を搾って。
とめどない歓悦の震えを、白い裸身に走らせながら。
「……ふう…」 やがて、長く盛大な爆発が終わって、達也が息をつく。
佐知子は顎を上げて、口中に溜まった白濁を、ゆっくりと味わうように嚥下した。
「……ああ……美味しいわ…」
粘っこい喉ごし、鼻に戻ってくる青臭さが、佐知子には至上の味わいに感じられる。
こんなに美味しいものはないと感じる。達也の味、達也の匂い。
酩酊の表情になって。痺れたような舌を蠢かせて、口腔にヘバリ着いた残滓を味わいながら、ドロンとした眼を胸元へ向ける。
「……あぁ…いっぱい…こんなに…」
そこにも、多量の精が滴っているのを目にして、恍惚たる呟きを洩らす。
乳肉を掴みしめていた手を滑らせ、白濁の塊を引き伸ばして、肉房全体に塗りこめていく。達也の匂いを沁みつかせようとするかのごとく。
ローションと汗にヌメ光っていた豊満な乳房に、また淫らな彩りが加えられる。
それを見下ろして。佐知子は、口許に満足げな笑みを浮かべた。
擬似ファックの快楽に浸った乳房に、淫猥な化粧を施し。
顎や鼻先にかかった精は、大事に指ですくい、舐めとって。
それから佐知子は、欲望を遂げた達也のペニスへと口を寄せていった。
身体を二つ折りにして屈みこみ、両手で捧げ持った肉塊に舌を這わせる。
あれほど盛大な放出を遂げた直後でも、達也の巨根は萎え縮むことなく、僅かに、漲りと硬度を弱めただけで。
いつもながらの、その逞しさを口舌に実感すれば、佐知子の胸は高鳴り、清めるための動きが、すぐに淫らがましい戯れに変わっていく。
それに応えるように、達也が指示する。
「お尻を、こっちへ」 嬉しげに鼻を鳴かせた佐知子は、ムクリと臀をもたげて。
口には達也を咥えたまま身体をまわして、達也の胸を跨いだ。
「うわ、ヒドイざま…って、まあ、いつものことだけど」
シックス・ナインの体勢になって、あられもなく目の前に開陳された佐知子の秘所を見て、達也が呆れる。羞かしげな声を喉奥で洩らした佐知子は、しかし、プリプリと達也の胸の上の臀を揺すって見せた。
指摘された、グチョ濡れのマ○コを見せつけて、達也を誘う。
こんなにも、あなたを求めているのだ、と訴える。
「フフ、ローションよりテカってるよ」
嘲笑って。達也は、すでにパックリと口を開けて、ダラダラとヨダレを垂れ流す女肉へと、ズブリと指を挿しいれた。
「……んあああっ」 たまらず、肉根から口を離して、佐知子は快美の叫びを上げる。
「いいっ、もっと、もっとしてぇっ」
キューッと達也の指を食いしめ、雄大な熟れ臀をふりたくりながら、
さらなる責めを求め、自分もまた吸茎の行為へと舞い戻っていく。
達也の巧緻な手管に疼く媚肉を嬲られ、引っ切り無しの感泣に喉を震わしながら、佐知子は必死に教えこまれた口舌の技巧をこらした。
達也の肉根は、たちまち凄まじい硬直を取り戻す。口腔を充たし尽くした屹立に喉を突かれて、佐知子はングッとうめいた。
(……ああ、凄い、スゴイわ、また、こんなに…)
素晴らしい。若く逞しい牡は、この世で一番素晴らしい生き物だ。
崇拝の心と、甘い屈服の情感。どちらも佐知子には馴染みになったものだった。
もっと、もっと、この猛々しい牡の肉体を貪りたい。貪られたい。
それこそが、女に生まれた身の幸福だ。それだけが。
そう、女だから。自分は。牝であるから、この素晴らしい牡に犯してもらえる。
蹂躙されることの悦楽を味わうことが出来る。
その悦びは、何物にも代えられない……。
「ああっ、達也くん」
牝であることの至福に酔って、いよいよ官能を昂ぶらせた佐知子は、悲鳴のような声で、達也を呼んだ。
「してっ、入れてぇ、オチンチン、ちょうだいっ」
臀を“の”の字にまわして、握りしめた剛直を強く扱きたてて、
「これ、欲しい、欲しいのっ、そこに、オマ○コにっ」
「たった今、佐知子の乳マ○コで、出したばかりだからな」
意地悪く、笑い含みに達也は言った。
「そんな、すぐには無理だよ」
「ああ、うそ、嘘よ、もうこんなになってるのにぃっ」
悶え泣きに抗議して、完全に漲った肉根を強く握った。手指に伝わる愛しい牡肉の特徴が、凄絶な快楽の記憶を呼び起こして。
佐知子は、もう一秒の忍耐もきかなかった。やおら、巨臀を浮かせると、クルリと体の向きを変える。達也の腰を跨いで、
「もう、入れる、入れちゃう、ね、いいでしょう?」
切迫した声で訊きながら、達也の返答は待たずに。
しっかと掴みしめた屹立の上へと、腰を落としていった。
「…ふ…あはぁっ…」 秘裂を達也の矛先に触れさせて、鼻から抜ける息をついて。
微妙に臀をくねらせ、狙いを定める。
「ああっ、入れるわ、オチンチン、佐知子のオマ○コにっ」
ガニ股開きの両腿を、グッと気張らせて、豊かな肉置を沈めた。
ズブッと、巨大な肉傘が嵌りこむ。
「くっ…う…ああ…」
強烈な拡張感に、眉根を寄せ、歯を食いしばりながら、なおも佐知子は繋がりを深めていく。泥沼と化した女肉は、身に余るようなデカマラをズブズブと呑みこんでいって。
「ヒッ、あ、入って…くるぅ、おっきいのが、入ってくるっ」
衝撃と甘い苦痛を伴った挿入の快美を噛み締める佐知子は、
「おっ……あああああああっ」
結合が完全に果たされ、子宮を突き上げられた瞬間に、獣じみた叫びをふりしぼって、総身を硬直させた。
両肢を真横に開き両手を達也の腹についた、カエルのような姿勢でビーンと引き攣った裸身が、やがて、前のめりに崩れた。
「…う…あ……」
達也の胸に突っ伏した佐知子の口からは、掠れたうめきが洩れて、卑猥な光沢を帯びた背や臀には、瘧のような震えが走っている。
「…もう、イッちゃったんだ?」
ここまで、佐知子のしたいようにさせていた達也が口を開いた。
佐知子が、ノロノロと顔を向ける。眼は焦点を失い、半開きの口からは涎と荒いあえぎを零した、白痴のような表情を晒して。
ようやく達也の問いかけが脳に届いたのか、かすかにうなずいた。
「勝手にチ○ポくわえこんで、勝手にイッちゃったんだ?」
「……あぁ……ゆるしてぇ…」
侮蔑のこもった達也の言葉に、急速に正気を取り戻して、佐知子は泣くような声で詫びた。
「もう、我慢できなかったの…」
「しょうがないなあ」
大袈裟に嘆息して。達也は両手で佐知子の臀をつかむと、軽く揺さぶった。
「んあっ、アッ、あっ」
無論、達也の肉体は隆々たる勃起を保っており、余韻も引ききらぬ媚肉を掻きまわされれば、佐知子はたちまち滾った声を吹きこぼす。
「トバしすぎだな。もっと、ゆったり構えないと」」
なおも、抱えた豊臀に、こねくるような動きを演じさせながら。
達也は、それとは裏腹な言葉を口にする。
「今夜は、朝までタップリ愉しむんだからさ」
「……あぁ……死んじゃうわ…」
「よく言うよ。もう、そんなにいやらしく腰をくねらせて」
「ああ、だって、だってぇ」 確かに、怯えた言葉とは相反する、淫らな動きを揶揄されて。
羞恥の声は上げても、佐知子は、卑猥な腰の蠢きを止めることは出来なかった。
「佐知子は、けっこうセックスにはタフだからな。搾り取られて死んじゃうのは、僕のほうかもね」
「あぁん、ひどいわ」
「この、デカいおケツだってさ」 達也は鷲掴みにしていた臀肉を、ベチベチと叩いて、
「ブリブリ張り切って、やる気マンマンって感じじゃない」
「ああ、いやぁ」 イヤイヤと、乱れ髪を打ちふっても。
事実、逞しいほどに張りつめた熟れ臀の蠢動には、気が入っている。
ブリブリと張り切っているのだった。
「…あぁ、いいっ…」
串刺しに貫いた凶暴な牡の肉体、その硬い肉エラに襞肉を掻きむしられて。
このトロけるような快美さえ、まだ前哨でしかないのだと思えば、佐知子は、身も心も震わせずにはいられなかった。歓悦と期待に。
「ああっ、達也くんっ」
首っ玉にしがみついて、達也の唇を求めた。
ふるいつくなり、舌を挿しこんで。のっけから激しい口吻となる。
勿論、ペニスを貪る腰のくねり臀ののたうちは、一瞬も止まらない。
押し潰された乳房が、ハッキリと快感を求める動きで、達也の胸板を滑る。
くぐもったヨガリの啼きを喉の中で響かせながら、佐知子はヌルヌルの肢体を狂い踊らせて、若い牡の肉体を貪り続けた。
「……んん、アアッ」 執拗なくちづけを突然ふり解いて、ギクリと背を反らせたのは、
「あっ、ああ、そ、そこはっ…」
いきなり、達也の指でアヌスを貫かれたからだった。ローションと淫蜜の滑りを利して、指は第二関節まで一気に潜りこんでいた。
「今日は、佐知子の、こっちのヴァージンを僕にくれるって…」
「アッ、あひっ、んん、アッアッ」
「約束したよね?」
ユルユルと指を抽送して、佐知子を甲高く囀らせながら、達也が訊いた。
確かに、佐知子は、その約束をさせられていた。
アナル・セックス。いままで思いもかけなかった異端の行為。
当然の、抵抗と嫌悪、恐怖を感じながらも。
純潔を達也に捧げる-その喜びだけに惹かされて、許諾を与えてしまったのだが。
「ひっ、あひっ、お、お尻、おしりが、ん、んんっ」
いま、あまりにもなめらかに達也の指を咥えこんだ菊門からは、ジーンと妖しい痺れが、せくり上がってきて。
「どうなの?」
「ひああああっ」
達也が指先を曲げて腸管を擦りたてれば、痺れは背筋を駆け上り、脳天へと突き抜けた。
「気が変わった? やっぱり、お尻はイヤかな」
意地悪く尋ねながら、達也はズンと大きく腰を跳ね上げた。
「おっあああああッ」 生臭いおめきを発した佐知子は、ブンブンと頭を横にふって、
「さ、捧げる、捧げるからっ」 慟哭するように叫んだ。
「だから、だからぁっ、もっと、もっと、してぇっ」
「もっと? こうしてほしいって?」
達也は、また強靭な腰を弾ませて突き上げながら、指でズボズボと後門を穿った。
「あっ、いい、イイのっ、キモヂいいっ、スゴ、すごいぃっ」
ふたつの肉孔を同時に責められる極彩色の愉悦に、佐知子は完全に錯乱する。
「ヒイイッいいイイんあもっともっと突いてほじってオマ○コおしりもっと」
号泣し、咆哮する。達也の重い突き上げに合わせて、巨大な臀をふりたくる。
しかし、目を覆うばかりの狂態は、長くは続かなかった。
「あっ、もう、もう…」 高次元の快楽は、急激に佐知子を追いつめ、吹き飛ばした。
「あ、イクッ、イク……イックウウウッ」
助走なしといった唐突さで見舞った絶頂に短く吼えて、ガックガックと凄まじい痙攣を刻む佐知子。
その刹那、食いちぎるような締めつけを怒張と指に味わって。
やがて、佐知子の身体がグッタリと虚脱すると。
達也は、いまだヒクヒクと戦慄く尻穴から乱暴に指を引き抜いて、佐知子の重たくなった身体を両腕で抱き、股間は繋げたまま、グルリと体を入れ替えた。
仰向けに転がした佐知子に、正上位のかたちでのしかかると、ゆったりとしたリズムで腰を送りはじめた。
「……ん…ああっ…」 臓腑に響く重い衝撃に、忘我の境から呼び戻されて。
しかし、佐知子は、立て続けの交わりにも泣きごとは言わず、休息を求めもしなかった。
「…あぁ…達也くん……」 悦楽の余韻にけぶる瞳で、うっとりと達也を見上げて。
両腕を首にからみつかせると、達也の動きに合わせて、腰をうねらせはじめたのだった。
達也は、片手を佐知子の眼前にかざして見せた。
「汚れちゃった」 伸ばした人差し指は、無論、佐知子の菊門を嬲った指だ。
佐知子は、少しの逡巡も見せずに唇を開いて、汚れた指を咥えた。
ほんのりと…生臭い味と臭気を感じて。熱心に舌を使って、清めた。
「キモチよかった? お尻を、ほじられて」
「……………」
佐知子は、達也の指に吸いついたまま、コクリとうなずいた。
あの愉悦を思い出せば、含んだ指が愛しくなって、舐めしゃぶりに熱がこもる。
「やっぱり、どこもかしこも淫乱に出来てるんだなあ、佐知子の身体は。
 この調子なら、アナル・セックスの味も、すぐに覚えるな」
「……………」 また、コクリと佐知子はうなずいて。
「……覚えるから」 ようやく、達也の指から口を離して。
「ちゃんと、覚えるから。お尻を犯されて、キモチよくなるから。だから、捨てないでね? 佐知子のこと、ずっとずっと、可愛がってね?」
すすり泣くような声で、佐知子は訴えた。
「なんでもするから、なんでもしていいから。だから、捨てないでね?」
眼に涙を浮かべて、
「私、もう、達也くんなしでは、生きていけない…」
「わかってるって」 あくまで軽く達也は答えて。ズンと深く突きこんだ。
「あ、いい、いいのっ、スゴイ、イイーーッ」
ギュッと達也の首を抱く腕の力を強め、ヌルヌルと滑る肢を必死に達也の腰にからみつけ、迎え腰を踊らせて。
佐知子は、達也の言葉と目の前の快楽にしがみついた。
「ああ、達也くん、好きよ、好きっ、愛してるぅっ」
……咽ぶような啼泣と、哀切で愚かな愛の言葉が、広い浴室に響く。
やがて、それは徐々に熱と狂乱を強めて。
さほどの時間を待たず、牝獣の咆哮へと変わっていった。
-26-
「宇崎クン、来ないじゃん」 と、言ったのは高本である。昼休みの教室。
「来ないな」 文庫本の頁に眼を落としたまま、市村は気のない返事をする。
「今日から来るって言ってただろ。どうなってんのよ?」
「俺に訊かれてもさ。ま、昨夜は越野ママと朝までだろうから」
「それでグッタリって?そんなタマじゃないでしょうが」
「じゃあ、まだヤッてるとか」
「それだ!そっちのがありそう」 気色ばむ高本。
「どうするよ、市やん?」
「どうするって…」 諦めたように本を閉じて、顔を上げる。
「好きにさせとくしかないだろ。達也なんだから」
それより…と、市村は、教室の一角へ視線を向けて、
「あいつが来てることのほうが、意外だな」
「ああ、ねえ」 高本も、そちらを見やって、合槌をうった。
窓側前方の席に、越野裕樹が座っている。
「……なんか、普通だよね。昨日は、死にそうな顔だったのに」
「ああ」 ちゃんと朝から登校してきたし、授業も真面目に受けている。
やや顔色が悪く、眼元が腫れぼったいように見えるが、“死にそうな顔”ではない。
ひっそりと、周囲に埋没するような居ずまいも、いつも通りと言える。
……ふむ?と、市村が首をひねった時、教室の出入口あたりで、ざわめきが起こった。
たむろして談笑していた生徒たちが、スーッと左右に分かれて。
その間を、悠然と歩んでくる長身の影。
「ようやく、お出ましだ」
「……つーか、エラそーだよね、宇崎クンて」
自然に開けた道を、やはり当然といった態度で通り抜けてくる達也を眺めて、高本が、シミジミと呟く。
なにをいまさら、と市村が鼻を鳴らして。
悠々たる足取りで近づいてきた達也は、片手を上げて、
「チャオ」 屁のように軽い挨拶をよこした。
「チャオ、じゃないよ。遅いよ、宇崎クン。なにやっってたの?」
「なにって…」 詰め寄る高本にも、達也は慌てず騒がず、
「久しぶりの我が家だから、ゆっくり寛いでたらさ。ちょっと遅くなったか」
「……これだよ。これだから、貴族階級は…」
ブチブチ呟く高本から、達也は市村に視線を移して、
「で?」
と、訊いた。市村が顎で指し示す。教室中の生徒が遠慮がちな注視を向けてくるなかで、ひとりだけ顔を背けている裕樹を。
「あいつか」 達也が、そちらへと向かい、
「ヘヘ、注目の御対面」
ワクワクと、高本が後に続く。市村も、ゆっくりと席を立った。
達也が真横に立っても、裕樹は顔を上げようとしなかった。
「おまえが、越野?」
「…………」 人もなげな呼びかけに、一拍、間を空けて。
ようやく裕樹は顔を上げ、達也と眼を合わせると、
「……なに?」 感情を殺した声で訊きかえした。
「ママさんに、世話になったからさ。いろいろと」
「……………」 他意のない口調…の底に忍ばせた毒。
裕樹の頬が強張り、眼には黒い火が燃え立ったが。
それを隠すように、裕樹は顔を逸らして、
「……別に。仕事だから」 硬い声で棒読みに、そう言い捨てた。
「ハアァ?」 素っ頓狂な声を上げたのは、高本だ。
「なによ、それ?」 裕樹の顔を覗きこむようにして、
「そんだけ?他に、言うことないのかよ?」
「……………」 裕樹は、眼をあわせようとしない。宙を睨んで、ダンマリ。
「ああ、もうっ。なに、これ? どういうこと?」
派手な騒ぎとか修羅場を期待していたのに、ハグらかされて苛立つ。
なにより、ここで達也に恨み言のひとつもぶつけようとしない裕樹が、高本には理解できない。説明を求めるように、達也と市村を見やった。
市村は、ジーッと裕樹の横顔を観察している。達也はといえば、たいして興味もなさそうに傍観の風情である。まるで他人事だ。
業をにやした高本は、なんとか裕樹を挑発しようと、
「ねえっ、宇崎クン、佐知子はどうしたのよ? 今、どうしてんの?」
「あ?自分の家に帰ったんじゃん。いつまでも、ひとさまのベッドで寝こけてやがるから、叩き起こして追い出してやった」
「だってさ。どうよ、越野?」
「……………」 裕樹の組み合わせた手に力がこもって、細かく震えたが。
笑い…らしきかたちに、口を歪めて、
「また、作り話なんだろ」
「ハァ? おまえ、まだそんなこと…」
「そう言ってたのは、そっちじゃないか」
「や、言ってたって……ああ、もう、信じらんねえ」
バリバリと髪を掻きむしった高本である。
期待を裏切る試合展開。いくら、“ファイト”とけしかけても。
挑戦者は固い殻に閉じこもった、アルマジロ状態だし。
王者は王者で。やはりヤル気のない顔で、生アクビなぞ、洩らして。
終いには、チラリと時計を見て、
「……やっぱ、いきなり授業に出るのはダルい」
突然、そんなことを言い出して、リングを降りてしまった。
「なっ、ちょっと! どこ行くのよ、宇崎クン」
「天気もいいから、屋上かな」
「そうでなくて……ああ、なんだよ、もうっ」
もう一度、忌々しげに裕樹を見やって、盛大に舌打ちしてから、高本は、とっとと出てった達也の後を追った。
市村だけが、まだ、その場にとどまって、
「……それでいいんか?越野」 冷ややかな声で訊いた。
裕樹は、相変わらず頑なに顔を背けたまま、なにも答えない。
「……ふーん…」 と、うなずいて。それで市村も踝をかえした。
……三人組が消えると、ホッと周囲の緊張が解ける。
「……大丈夫か、越野?」
近くにいた男子生徒のひとりが、遠慮がちに声を掛けた。
無論、傍で聞いていただけで、事情が呑みこめるわけがない。
いきさつは解らないが、大人しい越野裕樹が、なにやら問題児軍団にカラまれていたというだけの認識だったが。
「なんでもないんだ」
明るく答えて。しかし、裕樹の笑顔は、どこか強張っていて。
「くだらない話。ホント、馬鹿げた話でさ」
不必要な釈明…と、いうよりは、自分自身に言い聞かすように、
「ホントに、しょうもない、作り話」
裕樹は何度も繰り返した。微かに震える声で。
引き攣れた笑みを、貼りつかせたまま。
「も、ガッカリだ。ガッカリですよ」
屋上に移動してからも、高本の憤慨はやまない。
「なんデスか、ありゃ?“お世話になりますた”“いえいえ、どういたしまして”って、そーゆー関係じゃないだろ、あんたら」
ビシッと、一段高い場所にいる達也を指差した。
給水施設の屋根に上って、達也は肘枕で寝転んでいる。陽射しを浴びて、心地よさそうに閉じていた眼を薄く開いて、
「んー? あれじゃ、いかんかった?」
「ったりまえでしょ! ぬるすぎるよっ。オレはねえ、キレた越野がナイフのひとつも持ち出して、宇崎クンに斬りかかるんじゃないかと」
「なんだよ、俺が刺されるの、期待してたわけ?」
「いや、そん時にゃあ、体を張って庇うつもりだったけどね、もちろん」
「ホントかよ」
「なんすか、その疑いの目は?とにかく!それぐらい、殺気立つべき場面だろうって言ってんのよ。ママを寝取られた息子と、寝取った男の対面なんだからさ」
「人聞きが悪いなあ…」
「そんなの気にしたこともないくせに。……まあ、宇崎クンより、越野の出方のほうが問題だったわけだけどさ」
「ギャラリーもいたからなあ。突っこんだ話も出来ないだろ、越野にすれば」
なあ? と、達也は、金網にもたれて立った市村にふった。
「…人目がどうのより。あそこで達也を責めたりすりゃ、事実を認めたことになるからな」
「ねえ、越野って、あいつ、モノホンのアフォですか?この期におよんで、まだ、ママを信じちゃってるわけ?マジで?」
「そうじゃないな。ただ、どうしても、母親に裏切られたって事実と向き合うことが出来ないんだろ」
「それで、“作り話”って?信じらんね。ヘタレすぎ」
「予想以上にヘタレだった、ともいえるし。ある意味、シブといとも言えるな。まあ、まだ、決定的な場面は見てないから。それにしがみついてるんじゃん」

「よし、わかった! 宇崎クンっ」
「…………んー…?」 達也はもう、仰向けになって、完全に昼寝の体勢になっている。
高本は、巨漢に似合わぬ敏捷さで、鉄梯子を昇りながら、
「ビデオ。ビデオ撮って、越野に見せちゃろ。ハメ撮りしてきてよ」
「……メンドくせ……高本に任せる……」
「任せる?任せると、おっしゃいましたか?いま」
梯子にしがみついたまま、達也の顔を覗きこんで、
「ああ、よござんすよ。オレならビデオなんて言わずに、生で見せつけてやるよ、越野に」
鼻息荒く、宣言して、
「ただね。その為には、佐知子ママを、こちらに回していただきませんとね」
「……うふふ……」 目を閉じたまま、達也はクスクスと笑って、
「……一休さん?」
「屏風の虎じゃないの!女の話をしてるの!ねえ、実際、いつになったら、回してくれるわけ?」
「……んー……近々」
「ホントね? 信じていいのね?」
「うん。昨日、アナルの処女もらったから」
おう、と高本が歓声を上げたのは、これは本当に下賜の時も近いと、過去の例から推し量ったからで。
「どうだった? 佐知子ママのバックの味は?」
俄然、淫らな関心と期待を露わにして、グッと身を乗り出した。
達也が片目を開けて、ニンマリと笑った。
つられて、高本も、ダラしなく相好を崩した。
笑顔を向け合ったまま。達也が片手を伸ばして。
ピシッと。いきなり、デコピン。
「アタッ」 咄嗟に両手でオデコを押さえた高本は、バランスを崩して。
そのまま、2mの高さを落下して、重たい音と悲鳴を響かせる
「イデエッ」
「……おやすみ…」 達也は、本格的に眠りの中へ。天使のごとき微笑をたたえたままで。
市村は、尻を抱えてのたうちまわる高本には、目もくれずに、
(…まあ越野もギリギリみたいだけど。このまま、壊れられちゃうと、つまんないよな…)
などと。背景にした青空には、まるでそぐわない思索にふけっていた。
「……ただいま…」 ひっそりと呟いた。誰にも聞こえぬような小さな声で。
玄関には、母の靴があった。らしくもなく、乱雑に脱ぎ捨てられて、片方が倒れている。裕樹は、それをキチンと揃えてから、家に上がった。
シンと静まった家内を、二階の自室へと直行した。
着替えを済ませて、階下に戻る。
居間のソファに座って、テレビを点けた。画面の中で、中年の男女が最新型の万能掃除機の素晴らしい性能を力説しはじめる。
裕樹は、軽く身を乗り出して、やけに真剣な顔で画面に見入っていたが。
『…さて、気になる御値段ですが―』
ブツリと、唐突に電源を切って、リモコンを放り投げた。
戻ってきた静寂の中、立ち上がった。
キッチンで、冷たい水を飲んだ。コップ一杯の水を一息に飲み干してから、ひどく喉が渇いていたことに気づいた。
ゆすいだコップを籠に戻して、廊下に出た。
奥まった部屋、母の寝室へと向かう。
「……ママ…?」 軽いノックのあとに、呼びかけてみる。応えはない。
裕樹は、静かにドアを開けた。
佐知子は眠っていた。ぐっすりと深い眠りに落ちていることはその距離からでもわかった。
裕樹は、しばし、その放恣な寝姿を眺めて、
「……無理もないな…」 声に出して、呟いた。
通常の勤務から、急な夜勤へと。一昼夜を続けて働いたということだから。
その、疲労困憊といったさまにも、無理はない、と。
だらしなく、服が床に脱ぎ捨てられ、夜着もつけず下着姿で横たわっているのも。
……その下着が、裕樹が見たことのない、煽情的な色とデザインのものであることは……どうでもいい。
うん、と納得したように頷いて。
しかし、裕樹は一歩も室内に踏みこもうとはしなかった。
上掛けも掛けずに眠りこける母のそばに寄って、黒い淫らな下着を食いこませただけの裸身を、覆い隠してやることもせずに。
「……お仕事ご苦労さま。ママ」
まったく心のこもらぬ声で、そう言って。裕樹は、ドアを閉ざした。
自分の部屋に戻ろうと、階段に向かいかけて。
つと、足が止まった。
「………………」 俯いて、拳を握りしめ、歯を食いしばるようにして。
「……でも…僕は…」 苦しげな声を絞り出す。気息を整えて、
「……でも、僕は、なにも見ていない…」 今度は平静な声で言い直した。
満足したように頷いて、顔を上げ、歩き出す。
疲弊と倦怠を滲ませた、重い足取りで階段を上りながら、
「……晩ごはん、どうしようかな」 どうでもいいことを、どうでもいいように呟いた。
……朝。
鳴り響く電子音を止めて、即座に裕樹は起き上がる。
意識と身体がグズっても、すぐに起きる。二度寝をしてしまえば、遅刻確定だ。誰も起こしてくれないから。
遅刻は、よくない。
制服に着替え、鞄を手に、階下におりる。
キッチンでトースターにパンをセットしてから、洗面に向かう。
冷水で顔を洗い、髪を整える。
キッチンに戻って、トーストと牛乳だけの朝食をとる。
母は、まだ起き出してこない。起きるのは裕樹が家を出た後で、食事はとらずに出勤しているようだった。
無理もないな…と、裕樹はひとりごちる。ここ数日の、このひとりの朝食のときに、決まって呟く。
佐知子の帰宅は、連日遅くなっている。出勤時間は変わらないのに、帰ってくるのは、毎日深夜近くだ。
“人員不足を補うため、勤務シフトが変更された”のだそうだ。
数日前、あの急な泊まりこみの次の朝に、佐知子からそう告げられた時。
“大変だね”と、裕樹は母を労った。
他に言うべき言葉もなかった。母の職場の事情というなら、仕方のないことだ。
随分、急な話だとは思えても。仕事ならば。
……母の説明を疑う理由など、ないわけだから。
詰めこむように頬張ったトーストをミルクで流しこんで、裕樹は立ち上がった。
使った食器-皿が一枚とコップ一個-を流しに片して、再び洗面所へ。
歯磨きを終えれば、朝の支度はすべて済んでしまう。起床から10分あまり。
時間は早いが、もうすることもない。鞄を取って、玄関へ向かう。
靴を履きかけて、ふと思い出したように、制服の内ポケットに手を入れた。
入れっぱなしになっていた財布を取り出す。
「……………」
布製のパースの札入れには、万札が三枚。当座の夕食代として、
母から渡されたお金を、疎ましげな眼で確認して。パースをポケットに戻す。
靴を履いて、ドアを開けた。
「……いってきます…」 外を向いたまま、ボソリと呟いて。後ろ手にドアを閉めた。
授業は真面目に受ける。
最近、勉強が手についていなかったという自覚もあるから、集中して取り組む。
休み時間も、ほとんど自分の席で過ごす。親しく話すような友人はいない。
高本や市村には、近づかない。勿論、宇崎達也にも。
自分からは近づくことはしないが。市村らの側から仕掛けてくる接触を裕樹は拒みもしなかった。
……今日も、誘われるままに放課後の校舎裏へやって来て、裕樹は市村の話を聞いていた。
定例となったこの会合に、宇崎達也が加わることは一度もなかった。
教室でも、そうだ。
同じクラスにいれば、ふとした折に目が合ったりもする。廊下ですれ違うこともある。
そんな時には、裕樹は意に反してビクリと身を固くせずにはいられないのだが。
達也のほうでは、まったく反応を示さなかった。裕樹のことなど、ハナから意識に捉えていないかのように。
すなわち、他の生徒に対するものと少しも変わらない、達也の態度で。
その度に、裕樹は奇怪な感情の波立ちを感じてしまう。
自分が他の生徒と同じく扱われるのは、不当ではないか?と。
ひどく侮辱されたような気持ちになって。
そして、慌てて、自分の馬鹿げた情動を打ち消すのだった。その怒りは、裕樹がしがみつく、裕樹にとっての“現実”を、自ら否定するものであるから。
存在だけで、裕樹が必死に守ろうとする自分の世界を脅かす宇崎達也を、極力、視界にも入れないように注意を払いながら。
その一方で、市村らの誘いには、おとなしく応じる自分の心理は、裕樹自身にも、完全には理解できていない。
意識の上っ面では、それを笑うためだと思っている。性懲りもなく続けられる“作り話”を笑いとばすことが、自分なりの戦いであるという認識。
逃げれば、連中の悪趣味な妄想を、少しでも本気にしてしまっていることになるから、と。
だが、それだけでもないのだ。
聞きたくはないが、聞かずにはいられない。
“佐知子”という名の、その淫奔な母親の行状について。知りたいとは思わないが、情報を遮断してしまうことにも耐えられないのだった。
だから、この日も。
冷笑を浮かべようとして果たせず、ただ能面のような無表情を貼りつけて、時にキツく拳を固めながら、裕樹は、禍々しい言葉に耳を傾けていた。
語られる状況には、この数日、劇的な進展はなかった。
“佐知子”が、毎日、仕事の終わった後、“達也”の部屋に通いつめている。
息子には、“人員不足を補うため、勤務シフトが変更された”と嘘をついたそうだ。
無言で裕樹は聞いて、その仮面の底の感情を探る眼を向けながら、市村は、淡々と語り続ける。その構図は、傍で眺める高本に、冷えびえとしたものを感じさせた。
……やがて、さしたる時間も費やさずに、話の内容の毒々しさとはかけ離れた静かな空気のまま、会合は終わる。
最後まで沈黙を貫いたまま、裕樹は、その場を離れて、帰路につく。
途中のコンビニで弁当を買い求めて、家に帰る。
無人の家に帰りついて。
自室に篭って、宿題と予習を済ませる。
買ってきた弁当を食べて、風呂をつかう。
部屋に引き上げて、本を読んだりで時間を潰していると、ようやく階下から、母の帰宅した気配が伝わってくる。
それを合図にしたように、裕樹はベッドに入り、灯りを消す。
下におりて、母と顔を合わせようとはしない。しかし、母が帰る前に就寝することもないのだった。
寝つきが悪いということはなかった。
しかし、眠りは浅いのだろう、夜中に眼が覚めることが多くなった。
この日もそうで。ひどく嫌な気分で、眼が覚めた。
薄く寝汗をかいている。喉の渇きを感じて、裕樹は階下におりた。
キッチンで水を飲む。フーと息をついて、ふと周囲を見まわす。
シンと寝静まった家内の風景。時計の針は、午前三時を指していた。
部屋に戻りかけて、階段の前で足を止める。
少し考えてから、足を向けたのは、奥の寝室…ではなく、浴室だった。
脱衣所には、かすかな熱気が残っていた。遅くに帰って、それでも
佐知子は日課の長風呂はすませたらしい。
「………………」 裕樹は、洗濯機のフタを開けた。
寝ぼけているのかな? と、自分の行動を訝しむ。
『お約束、ってやつ』
いつぞや、市村に囁かれた言葉を思い出していた。あるいは、最前までのイヤな夢の中で、また、その教唆を聞いたのかもしれない。
『寝取られ息子は、母親の脱いだ下着を確かめるんだよ。そこに、ベットリ男のモノがついてたら、それはけっこう決定的な証拠だろ?』
そう市村は言った。付け加えて、
『達也は、量多いぞ。ナマでしかやらないし。“お土産”はタップリだろうな』
溜まった洗濯物の一番上に、無造作に置かれてあった。
派手な赤色の、ブラとショーツ。
裕樹は手を差し入れて、ショーツの紐のように細い腰の部分を摘んだ。
慎重に引っ張り上げる。その馬鹿げたほどの狭小さにしては、持ち重りがした。湿った布地の重さだ。
ゆっくりと、洗槽の上縁まで持ち上げて。
「………………」 しかし、そこで裕樹は指を放した。
ベチャリ、といった感じで、赤い下着は洗濯物の上に落ちた。
素早くフタを閉めた瞬間に、股布の裏側からドロリと零れるものを見たような気もしたが。
「……見てない…」 キツく洗槽のフタを押さえつけて、ふりしぼるように裕樹は呟いた。
しばし、その姿勢で固まって、体の内に荒れ狂うものをやり過ごす。
「…なに、やってんだろ」 無理やりに、自嘲の笑みを浮べた。
「やっぱり、寝ぼけてるんだ」
そう、自分は夢遊の状態にあって、だからこんな、馬鹿げた行動をとって。
朝には、全部を忘れてしまっているに違いないのだ。
「……それなら」
裕樹は、さまざまな化粧瓶が並んだ洗面台を見回し、それから、視線を上へと動かした。造りつけの戸棚を開ける。
あっさりと、探すものは見つかった。隠すという配慮もなく、棚の取りやすい場所に置かれてあった。
それもやはり、市村から教えられたこと。
『“佐知子”は、達也に尻の穴まで捧げてさ』 今日の昼間、聞かされた情報だ。
『さすがに淫乱ママさんだけあって、すぐに後ろの味も覚えたらしい。ただ、達也のチ○ポをブチこんでもらうためには、ケツ穴をキレイにしとかなきゃならないってんで…』
“佐知子”は、勤務が終わると、病院で“浣腸”を用いて、薬利的な排泄で腸を清めてから、達也の部屋に向かうのだという。
「……………」
裕樹は、棚の中の横長の青い紙箱へと手を伸ばした。側面に印刷された文字を指で辿りながら、読み上げる。
「『イチジク浣腸 10コ入』」
ふーん、と感心したような声を洩らして。開けっぱなしになっている上縁を指で引いて箱を傾げ、中を覗いた。透明な小袋に包まれたピンク色の容器が四つか五つ、入っていた。
つまりは。毎朝、ここから一個ずつ取り出して、病院へと持っていくのだろう。
そして、仕事が終わると、病院のトイレでそれを使って。
お腹の中をキレイにして、達也の部屋へ…。
「…ああ、ちがう」
それは、作り話の中の“佐知子”の行動なのだから。ここに置いてある浣腸は、それとはなんの関係もないものだ。
あの馬鹿げた妄想とは、無関係に、
「ママが、カンチョーしてる」
声に出して、裕樹はそう言って。自分の言葉にクスクスと笑った。
それは、尾篭な話題をことさらに喜ぶ、子供の笑いだった。
“浣腸”という単語だけでも可笑しいのに、それが、あの綺麗なママと組み合わされれば、いっそう笑いを誘う。
しばし、深夜の洗面所に、忍び笑いが響いて。そして、いきなり止んだ。
乱暴に戸棚を閉めて、裕樹は身を翻した。灯りを消して廊下に出る。
奥の、母がグッスリと幸せそうな顔で眠りこけているだろう部屋のほうには見向きもせず、階段を上り、自室に戻る。
暗い部屋の中、ベッドに倒れこんだ。
ひどく疲れた。階下をうろついていたのは、わずかな時間なのに。
「……やっぱり、寝ぼけるのは、よくない…な…」
自嘲の口調で呟いて。それで、終わらせようとしたのだが。
しかし、不意にこみ上げた激情が、軋むような声となって口から洩れた。
「……いつ…まで…」
…この苦しさが続く? と、誰かに問うたのか。
…こんな欺瞞を続ける? と、自分に訊いたのか。
どちらにしろ、弱い声は闇に吸われて消える。裕樹を包む深い闇に。
だから、
「……うそ。今のナシ」
綻びから零れた心を打ち消す裕樹の言葉も、また虚しかったのだが。
裕樹は上掛けを引き上げて、頭まで覆い隠した。
この夜の絶望も悲痛も、なにもなかったことにするために。
……しかし。
たとえ裕樹が、崩れかけた砦の中に居続けることを選ぼうとも。
さらなる変転は、やって来る。
裕樹の、そして佐知子の、意志も想いも、なんの関係もなく。
母子を取り巻く状況は、また変わる。お構いなし、否応なしに。
その時は、近づいていた。
-27-
ポチ…ポチ…ポチと、三秒くらいの間隔でジャンプ・ボタンを押していく。
それにつれて、大型のモニターの映像が、カーチェイスから銃撃戦、派手な爆発へと変わる。忙しない転換のために、大袈裟な音楽と効果音が、余計に騒々しく感じられた。
つまらなそうに画面を眺めていた達也は、じきにリモコンを操る指を止めて、
「…もういいや。高本、取り替えて」
「……んー…」
モニターの傍に座った高本は、不服そうに喉を鳴らしながら、かきこんでいた焼きウドンの皿を置いた。
マンガ喫茶の個室である。普段はあまり利用しない場所に三人がたむろしているのは、無論、達也の気まぐれによるものだ。
当然のように長いソファを占有した達也は、大量に持ち込んだDVDを跳ばしとばしで途中まで観ては、次のソフトと取り替えることを繰り返していた。
悠然と寝そべったまま、自分では指一本しか動かさないのだから。
入れ替え係にされた高本が、
「忙しないなあ。ゆっくり食べてるヒマもない」
タイトルも見ずに取り上げた別のソフトをセットしながら、ブツブツ愚痴ったのも、無理もないともいえたが。
しかし、テーブルの上には、すでに平らげられたカレーとピラフの皿が重ねて置かれているのだ。払いは全部達也持ちだからと、ゆっくりとは食えなくても、しっかり食っている。まあ、いつものことなのだが。
市村はといえば、一揃い持ち込んだ続き物のコミックを熟読中である。
程なく、焼きウドンもやっつけて、さすがにクチくなった腹を撫でながら、高本は食後の一服を点けた。満足そうに煙を吐き出しながら、達也を見やった。
達也は、モノクロのいかにも旧そうな映画を、先程までよりは落ち着いて観ている。
「……宇崎クンさあ」 探るような声で、高本は呼びかけた。
「……ん…?」
「そろそろ、佐知子が部屋に来る時間じゃないの?」
「…そうだな……」
画面に眼を向けたまま、どうでもよさそうに答える達也に、さらに高本の期待は高まる。
そもそも、急に、こんなとこに立ち寄ろうとか言い出した時点でクサかった。
達也の、そういう気まぐれは、徴候に違いないのだ。
“近いうちに”という約束もあったし。
しかし高本は、グッと昂ぶりを堪えた。ここまで来て、あまり逸る気持ちを押し出すと、また達也の天邪鬼を起こしてしまうかもしれないからと、慎重に出方を考えていると、
「…ああ、そうだ」 達也が、なにか思い出したようすで、
「高本に、土産があったんだ」 ポケットを探って取り出した小物を、ヒョイと放った。
高本の手に渡ったのは、一本の口紅だった。
「なにコレ、佐知子の?使用済み?」 フタを取り、紅棒を回し出しながら、確認する。
「そう。アナル用だけどな」
「マジッ!?」
と、聞き返した時には、もう切っ先を鼻穴につっこむようにして、クンカクンカと匂いを嗅いでいる。
ムックリと達也は起き上がって、悪どい笑みを向けた。
「フフ、素っ裸で姿見の前に立ってさ。デカ尻を鏡に映して一所懸命、塗りぬりすんのよ」
「自分で塗るんだっ?」
「そりゃ化粧は、女の嗜みだもの。で、自分で分厚い尻肉パックリ開いてさ。赤く染まった肛門さらしておねだりだよ。“佐知子のアナル犯してください”てな。可愛いもんだろ?」
「ウヒャヒャ、イカレてるっ、越野ママ、サイコーッ」
哄笑すると、高本は昂ぶりのままに口紅を咥えて、ジュプジュプと抽送させた。
アハハ…と、高本の昂奮ぶりを笑って。
しかし、それで達也は、束の間の淫らな熱を消してしまった。
「まあ、ケツも仕込んだし、オシッコも飲ませたし…」
物憂げに呟きながら、卓上に置かれた高本の煙草とライターを手繰り寄せた。
一本くわえて点ける。キツイ味わいに、軽く眉をしかめながらも
煙を肺に入れて、深くソファにもたれた。
「……………」
高本は、口からルージュを離し、また緊張した面持ちに戻って、達也を凝視した。
唇の真ん中だけが赤く色づいているのが、珍妙で不気味だったが。
表情はいたって真剣に、達也を見つめて。そして待っている。
達也の次の言葉を。
市村も顔を上げて、達也へと視線を向けていた。
達也は、フーッと煙を天井に吹き上げ、グリリと首をまわして。
「あー……なにか、面白いことない?」 ヨシッ、と高本が両の拳を握りしめた。
それは、達也が、いまのオモチャに飽きた時の、お決まりの科白であったから。
「長かった。長かったなあ、今回は」
腹の底から述懐して、クーッと感涙に咽ぶマネまでする高本。
「……そんなに長かったかな?」
「いや。俺が思ってたよりは、早いくらいだけど」
「そりゃあねっ。そりゃあ、市やんは、佐知子ママより裕樹チャンのほうにご執心ですからなあ」
「語弊があるなあ……」
「さあ行くかっ、さあヤルかっ」
高本は、もう、その場に立ち上がって、
「すぐに宇崎クンの部屋に行って、佐知子を待ち受けて。ブッスリと、なあ」
「…それでいいの? 浩次」
「いやぁ、それはつまらないでしょ」 途端に、高本はガックリと消沈して。
「ああ…ねえ…わかってた、そうだと思いましたよ、ええ」
ウンウンと、しきりにうなずいて、
「…まあ、オレもね、今さら少しくらい待たされたって、別にね、うん。よござんす、おまかせしやすよ、ええ。いろいろと外道なことを考えるのは、宇崎クンと市やんの仕事でね。オレは、肉体労働専門ですから、ええ」
「拗ねるなよ、子供みたいに」
「アハハ、ま、高本、取りあえず座ってさ。口紅ふいたら?」
「いえ、おかまいなく。アチシのことは放っといておくんない」
達也のとりなしも跳ねつけて。高本は、横向きにチョコナンと座り直して両手で持った佐知子のアナル用ルージュをチュパチュパとシャブりはじめた。
アハハと、達也がまた笑う。市村は、ポリポリと眉を掻いて、
「ああ、だから…高本に早く働いてもらうためにもさ。佐知子には、しっかり因果を含めといてもらわないと」
“引き継ぎ”前のひと働きを、達也に要請する。
ん、と。鷹揚に、達也はうなずいてみせた。

「…………え…?」 と、佐知子が反応を返すまで、数瞬の空白があった。
口元へ運びかけていたカップを、そろそろと戻して。
「ご、ごめんなさい、達也くん、いま、なんて…?」
聞き違えだろうと、慌てて聞きなおしたのだが。
しかし達也は、冷静な声で、
「もう終わりにしようって。そう言ったんだよ」
今しがた、佐知子の耳が聞いた通りの言葉を繰り返した。
一瞬、それを笑うか怒るか迷って、佐知子の表情はあやふやになったが。
しかし静かに見つめかえす達也の眼色に、これは悪い冗談などではないのだと悟らされて。
「…どう…して…?」 呆然と呟くことになった。
「どうして、急に、そんなこと…」 あまりに突然と、佐知子が感じたのも無理はなかった。
今日も、病院から達也の部屋へと直行して。
心づくしの夕食をしつらえ、楽しく晩餐をとった。
食後のお茶はリヴィングでと、達也が誘った。
達也と差し向かいで、上質な紅茶の香りと味を楽しむことの幸福に佐知子は浸っていたのだ。穏やかなひと時を共有する喜びの中で、この後の熱い時間への期待をジンワリと高めながら。
そこへ。突然の達也の言葉である。
「僕も、いろいろ考えてさ」
真面目な顔で、だが冷淡なまでに落ち着きはらって、達也は続ける。
「やっぱり、僕らの関係って不自然だし。いつまでも続けられることじゃ」
「いやっ」 遮るように佐知子は叫んで、達也の膝に取りすがった。
「いやよっ、どうして、いまになって、そんなこと」
そんなことはすべて解っていて、それでも選んだ恋であるのに、と。
涙を浮べた眼に必死の感情をこめて、達也の顔を見上げる。

Last Update : 2008年12月04日 (木) 7:55