突然の海外赴任 ②

「やはりそうか。智子を信用しなければ駄目だと自分に言い聞かせたが、あいつ以外には抱かれる事も、裸を見られる事すらも嫌になったのか。
あいつに言われているのか?例え旦那でも俺以外の男に抱かれたら、もう抱いてやらないと。」


「違います。支店長とはその様な関係では有りません。あなたに抱かれたいです。」


「それなら自分で脱いで、テーブルの上に寝て脚を開いてくれ。このままだと俺が無理やりしているみたいだからな。」
そう言われた妻は、涙を堪えながらゆっくりと服を脱ぎましたが、最後の1枚は脱がずに、両手で乳房を隠して俯いたまま動きません。


「どうした?早くそれも脱いでテーブルに乗れ。」
しかし妻は、それを脱がずにテーブルに乗って仰向けに寝たので。


「俺は全部脱いで股を開けと言った筈だ。もうやめておこう。」




「恥ずかし過ぎます。せめて明かりを消して。せめて暗くして下さい。お願いします。」


『稲垣の前では、平気で股を開いていたくせに。』
と言いたいのを我慢して、妻自身の手で脱がす事を諦めた私がパンティーに手を掛けると、妻は乳房を隠すのをやめて両手でパンティーを掴み、脱がされない様に上に引っ張って抵抗しました。


少しサディスティックな気分になっていた私は、料理鋏を持ってくるとパンティーの両横を切ったのですが、妻はそれでも切られた布を押えて抵抗を止めません。
私が強引に剥ぎ取ると今度は両手で隠したので、手首を持って力任せに引き離した時、どうしてここまで頑なに拒んだのか、その訳がはっきりと分かりました。


妻のそこは小さな逆三角形を残して、他はきれいに剃られていて、この様な気持ちの時の私でさえ、少しおかしな気分になるほど卑猥に見え、これならば全て剃ってしまった方が余程ましなくらいです。


「何だこれは?」




「友達にスポーツジムに誘われて行った時に、水着を着なければならないので剃ったのですが、上手く剃れなくて、段々小さくなってしまって・・・・・・・。」


妻は、抵抗しながらも、この言い訳を考えていたのでしょう。
あの誠実だった妻を思うと、嘘に嘘を重ねる妻を見る度に、浮気された事以上に悲しくなって来ます。
妻は、両手で顔を覆っていたのですが、それは恥ずかしさからそうしているだけでは無くて、溢る涙を隠すためでした。


恐らく稲垣は、私が帰って来られない遠い異国にいるのを良い事に、妻の身体を好き放題、自分の思う様に扱っていたのかも知れません。
まるで自分の妻で有るかの様に、いいえ、自分の妻にはさせない様な事まで強要していたのかも知れません。
私は、そんな妻の身体に触れる事も出来ずに、椅子に座って妻の秘所をただじっと見ていました。


「あなた、恥ずかしいです。触って下さい。お願いします。」


妻にすれば何もされない事の方が屈辱的で、羞恥心も大きいのだと思います。
「智子も1年半の間に随分淫乱な女になったな。キッチンのテーブルの上で、裸で股を開いて、触って下さい?」
「それは、あなたが・・・・・・・・・。」




「なに?聞こえないぞ。」
「何でも無いです。ごめんなさい。」
こんな事を強要すれば、以前の妻なら泣いて怒ったのでしょうが、私に隠し事の有る妻は逆らう事も出来ません。


「正直に言うと、俺はまだ智子に不信感を持っていて触る気になれない。しかし俺にも性欲は有る。
1年半も我慢していたから無性に出したい。
智子が自分で気持ち良くなって充分に潤って来たら、中で出そうと思っている。協力してくれるな?」


「自分でなんて出来ません。どの様にしたら良いのかも分かりません。お願いです。あなたがして下さい。お願いします。」


「他の男と旅行になんて行かれたら、身体の関係が有ろうと無かろうと、普通の旦那は一生奥さんとはする気になら無いと思うぞ。
俺もまだ普通にはする気になれ無いが、徐々にでも何とかして元の関係に戻りたいと思ったが、それも聞いては貰えないのか。
あいつの言う事は何でも聞き、人前であんな短いスカートを穿いていたおまえが、俺の頼みはこんな事も聞けないとは。
分かった、もう止めよう。そこから降りて服を着ていいぞ。」


「ごめんなさい。別に穿けと言われていた訳では・・・・・・・。そんな事言わないで。あなたの言う通りにやってみますから、そんな事は言わないで。」




妻が自分でするのは初めて見ます。
私が単身赴任してしまってからは分かりませんが、多分それまではした事が無いと思います。
童顔な妻がテーブルの上で脚を開き、豊満な胸を自分で揉んで感じ様としていれば、普通なら我慢出来ずに飛び掛るのでしょうが、不倫の事実を知った私は、どうしても冷静な目で見てしまいます。



妻は、まだ恥ずかしいのか、ただ乳房を揉んでいるだけで乳首を触る訳でもなく、これでは計画が狂ってしまうと思った私は、
「智子が脚を開いた時から気になっていたのだが、どう見ても1年半前よりもクリが大きくなっているよな。
これは何もしないでただ大きくなる事は無い。
誰かに擦ってもらっていたか自分でしていたかだが、確か智子は、自分でする仕方が分からないから俺にしてくれと言った。
と言う事はやはり、俺以外の誰かにして貰っていたという事になる。
どうなんだ?答えろ。」


別に大きくなったとは感じませんでしたが、私の出任せな話に妻は、
「・・・・・自分で・・・・・していました。」


「自分でしていた?そうか、あいつに擦られたり、吸われたりされていたのでは無くて良かった。
智子は寂しくて自分でしていたのか。
それならどうしてその様にしない?俺とでは気が乗らないのか?」


妻は、右手は乳房を揉んだまま、左手の指をクリに充てて擦り始めました。
「なかなか潤って来ないな。
普段自分でしていた時はどうだった?
もう感じて来ている頃だろ?
きっと智子の身体は、もう俺の物を受け入れたくないのだな。」




それを聞いた妻は、乳房全体を揉んでいた右手で乳首を摘み、左手の指を一度舐めて唾液を付けてからまたクリに持って行き、指の動きを早くしました。
すると少し潤って来たようで、時々、襞の中に指を入れては愛液をすくい、その指で強くクリを擦り出し、徐々に喘ぎ声も漏らす様になっていきました。
妻の秘所も充分に潤ったのを見て、時計を見るともう5時50分です。
もうそろそろ来る頃だと思い、乳首を揉んでいた右手の手首を掴んで下に持って行き。


「指を中に入れて動かしてみろ。自分でしていた時も、当然そうしていたのだろ?」


「お願い、もう。もうください。」


「まだ分かっていないようだな。俺がどの様な思いで、智子と交わろうとしているのか。これ以上気分を壊す様な事を言うならもういい。止めておこう。」


「ごめんなさい。逆らいません。言われた通りにします。」




妻が右手の人差し指一本だけを入れたので、中指も入れて動かすように言うと、次第に喘ぎ声が大きくなり、クリを擦る左手の指の動きも早くなって行きました。
私の言い付けに従っているとしても、離婚する事になるかもしれないという、こんな気持ちの時にでも感じる事の出来る妻に呆れて、益々私は冷静になっていきます。



その時、外で車が止まる音がしたので、
「ちょっとトイレに行って来るから続けていろよ。絶対に指の動きを止めるなよ。だからと言って、自分だけ気を遣ってしまったらそこで終わりだからな。俺との仲直りの行為も無いからな。」


「早く、早くお願いします。もう、もう我慢出来ません。もう、もう。」


今回の余りにも不利な状況の自分から抜け出したいだけなのか、本当に私と別れたくないからなのかは分かりませんが、何とか私に気に入られようとしていて、妻を苦しめたいが為に行っている行為を疑おうともしません。
私が先に玄関のドアを開けたので、稲垣は、驚いた顔をして挨拶をしようとしましたがそれを制止し、妻に気付かれない様に小さな声で、
「今、妻はお楽しみの真っ最中だ。それを邪魔したく無いから黙ってついて来い。話はその後で聞く。」


稲垣は訳が分からず、不安そうな表情で私の後ろをついて来たので、キッチンの前まで連れて行くと、微かに妻の喘ぎ声が聞こえて来ます。
稲垣もその声に気付き、驚きの表情で私を見たので、また小さな声で、
「ここに座って待て。」




その場に正座をしたのでドアを開けると、今度は妻の喘ぎ声が、はっきりと聞こえてきました。
私は、よく聞こえる様に、わざとドアを開けたままにして妻に近付くと、外で何が行われていたのか知らない妻は、
「もう我慢出来ません。早く入れて。早く、もう、もう。」
「入れているじゃないか。」


「違います。あなたのを早く、早く入れて。もう駄目。もう駄目。」
「俺の何をいれて欲しい?指か?はっきり言わないと分からない。」


「言わせないで。虐めないで。」


「嫌なら言わなくてもいい。俺が赴任する前は言ってくれたじゃないか。やはり智子は変わってしまったな。もうやめよう。」


「ごめんなさい。言います。あなたのチ○ポです。早くチ○ポを入れて下さい。」
私は妻の言葉にショックを受けました。
妻がセックスに積極的になり出してから、妻に色々な事を言わせて楽しむ事も有りましたが、妻にはオチ○チンと教えていて、オチ○チンとしか言わせた事は無かったのです。
稲垣も妻に卑猥な事を言わせていて、男性器をチ○ポと呼ばせていたのでしょう。




「どこに入れて欲しい?どこに欲しいか言ってみろ。」


「オ○コです。もう駄目。駄目になる。智子のオ○コに入れて下さい。」
妻は感じてしまっていて気付いていないでしょうが、これもオマ○コと言わせた事は有っても、オ○コと言わせた事はありませんでした。
その上妻は『私の』とは言いましたが、『智子の』などと、子供の様に自分の事を、名前では言ったりした事は有りません。
稲垣が嫌らしい下着を穿かせ、妻にこの様な事を言わせていた事を知り、2人のセックスが見えた様な気がして、妻に絶望感を味わわせる為に仕組んだ事で、逆に私が絶望感を味わう羽目になってしまいました。





私の怒りは妻の秘部に向かい、妻の手首を持って激しく前後させて。
「おまえの様な女に俺のを入れる気にはなれない。自分の指で充分だ。指で逝ってしまえ。」


妻は、入れて欲しいと言い続けながらも、我慢の限界が来たのか。
「いや?。いや?。逝ってしまいます。逝ってもいいですか?逝かせて頂きます。ごめんなさい。智子だけ逝かせて頂きます。」
この言葉を聞いて更に怒りが増した私は、妻が気を遣る寸前で、掴んでいた手首を引っ張って指を外に出してしまい、クリを擦っていた左手も、そこに届かない位置まで遠ざけてしました。




私の知る妻は『逝く?』と言っても、決して『逝かせて頂きます』などとは言いません。
『逝きたい?』とか『逝っちゃうよ?』とか言う事は有りましたが、今にも逝ってしまいそうな時に、この様な敬語など使った事は有りませんでした。


私を気遣っているのかとも思いましたが、気を遣る直前で顔を左右に激しく振りながら、完全に自分を見失っている状態の妻からは、その様な気遣いは考え難く、この言葉で稲垣との、セックスでの主従関係まで分かった様で許せなかったのです。
「いや?。こんなのいや?。」


「何を言っているんだ。智子には羞恥心は無いのか?お客が来ているのだぞ。稲垣、入って来い。」
ドアが開いているので全て聞こえている筈の稲垣は、私が呼んでも入って来なかったので、廊下に出ると稲垣は正座したまま、両手を大事な所に置いて隠す様にしています。
私が腕を掴んで強引に退けさせると信じられない事に、ズボンの前を大きく膨らませていました。


「自分の立場を分かっているのか?俺の悔しさも知らないで、何を勃起させているんだ。」


「すみません。すみません。」




稲垣の謝る声で他に誰かいると知った妻は、キッチンで泣き叫んでいます。
稲垣が興奮していた事で、穏便に済ませる為に謝ってはいても、何の反省もしていないと思った私は、嫌がる稲垣の髪を掴んで引き摺る様に入って行くと、妻は脱いだ服を抱えて部屋の隅で泣いていました。


「俺はおまえの様な汚れた女を抱く気なんて無い。おまえも途中で止められて不満だろ?
こいつも、もう勃起させて準備が出来ているようだから、もう一度テーブルに寝て股を開いて入れて貰え。
俺は居間にいるから終ったら来い。今後の事を話し合おう。」
当然本心では有りません。
今そんな事をしたら、2人共殺してしまうかも知れないです。


「いや?。どうして、どうして支店長が?いや、いや?。」


「何が、いや?だ。俺がいない1年以上もの間慣れ親しんだ、おまえの大好きな支店長様の、もっと大好きなオチ○チンを入れて貰え。どうせ俺のよりもずっと気持ち良いのだろ?」


「そんな事はしていません。いや?、いや?。」




「何がしていませんだ。今日こいつが全て話してくれたよ。」
妻は一瞬泣き止むと、頭を激しく振って狂った様に泣き叫びました。


「えっ?」
稲垣は、そう一言叫ぶと私の顔を見ましたが、目が合うと慌てて俯いて立ち尽くしています。


私が居間に行くと、後を追うように入って来た稲垣は土下座して、
「すみませんでした。どの様な償いも致します。どうか許して下さい。」


「ああ。言われなくても償いはしてもらう。それに、どんなに謝られても許す事はしない。
一生償わせて苦しめてやる。先ずはおまえの奥さんに電話しろ。奥さんが出たら俺に代われ。」


「いや、それだけは許して下さい。妻にだけは・・・・・・。」




「今、何でもすると言ったばかりだろ?早くしろ。」


私が何度言っても許してくれと言うだけで、決して電話しようとはしません。
妻が言っていた通り、奥さんの浮気が原因で離婚を前提とした別居をしているのなら、ここまで強行に奥さんに知られるのを拒む必要も有りません。
もしもそれが事実なら夫婦関係破綻後の不倫になり、奥さんに対しては、慰謝料はおろか離婚の妨げにもならない筈です。


妻の気持ちは分かりませんが、稲垣にすれば、夫婦仲が悪いと嘘を言い、同情をかって気を引く、どこにでも有る様なただの浮気なのかも知れません。
何度言っても、ひたすら謝るだけで電話をかけない稲垣に苛立ち、
「分かった。今日はもう帰ってくれ。続きは明日銀行で話そう。」


稲垣はそれを聞いてようやく携帯を出すと奥さんに電話したので、私は携帯を取り上げ、
「初めまして、○○○と申します。実は私の単身赴任中にお宅のご主人と私の妻が、1年以上に及ぶ不貞行為をしておりまして。」
それを聞いた奥さんは声も出せない様で、少しの間沈黙が続きましたが一言だけ。
「明日そちらにお伺いさせて頂きます。」
そう言うと、一方的に電話を切ってしまいました。



稲垣を帰らせてからキッチンに行くと、妻はまだ裸に服を抱えたまま泣いています。
「ごめんなさい。あなた、ごめんなさい。本当の事を言えば離婚されると思いました。身体の関係が有った事を認めれば離婚されると思いました。ごめんなさい。」




「ばれたから離婚になるのでは無いだろ?
おまえが離婚されても仕方の無い事をしたから、離婚になるのだろ?
本当は認めずに、少しでも条件を良くして離婚したかったのと違うのか?
こんな事をしたという事は、俺よりもあいつを選んだという事だろ?」


「違います。あなたを愛しています。離婚だけは許して下さい。」


「本当か?それならどうして俺を裏切った?どうしてあいつに抱かれた?」


「それは・・・・・。ごめんなさい。ごめんなさい。」


その時私の携帯が鳴り、それは私の身体を気遣ってくれた上司からで、医者に行って診てもらい、2、3日ゆっくり休めと言われ、この様な状態で仕事なんて出来ないと思っていた私には、何よりも有り難い話でした。




「離婚するにしてもしないにしても一生許す気は無い。
でも、何も真実を知らないまま結論を出すのは嫌だ。
しかし、おまえが泣いていて真実を話せない状態では、俺が精神的に持ちそうも無い。
だから今決めた。おまえが今すぐ泣き止んで全て話すのなら、話ぐらいは聞こう。
それが出来無いのなら、今夜の内にこの家を出て行ってもらう。
出て行かなければ殴ってでも放り出す。
離婚して稲垣と再婚したいのならそのまま泣いていろ。
本当に離婚が嫌で話し合いたいのなら泣くな。
話し合いをしたところで離婚にならない保障は無いが。」



「泣かないようにしますから少し待って下さい。泣くのを止めますから話だけでも聞いて下さい。」
妻は何とか泣き止もうと唇を噛んでみたり、天井を見上げたりしましたが、そう簡単に感情をコントロール出来るものでは有りません。
妻が泣き止もうと努力している事は分かり、
「暫らく待ってやる。」
私はそう言い残すと寝室に行き、どうしてこの様な事をしてしまったのか、ベッドに寝転んで考えていました。


妻の恥ずかしい声は、私以外の誰にも聞かせたく有りません。
例え、稲垣が何十回聞いていようとそれは同じで、二度と聞かせるのは嫌なものです。
それなのに、この様な事をしたのは妻を虐めたかっただけなのか?
いいえ、それだけでは無い様な気がします。
私の中の牡が、そうさせてしまった部分も有る様な気がします。


妻を寝取られた負け犬が『まだ俺は負けていない。』『まだ妻は俺を求めている。』と、寝取った牡に吼えたかったのかも知れません。
寂しさを紛らわすだけの、セックスをしたいだけの浮気など、妻には出来ないと思っているだけに、脅してでも、妻の口から私を求める言葉を聞きたかったのかも知れません。
その言葉を稲垣に聞かせたかったのかも知れません。
妻と稲垣に心の繋がりが有れば、その様な事をしてもその場だけの事で、無駄だという事が分かっているのに。







その様な事を考えていた私は、いつしか眠ってしまったのですが、嫌な夢に魘されて飛び起き、時計を見ると、長い夢を見ていた感覚なのに1時間しか経っていません。
夢の中の私は、妻を探し回り、あのアパートに行って郵便受けを見ると、稲垣の下に妻と娘の名前が書いて有ります。
それを見た私が絶望感と激しい孤独感に襲われていると、妻と稲垣が手を繋ぎ、楽しそうに話しをしながら出て来て、私の事など見向きもせずに通り過ぎて行きました。
それまでは2人だった筈なのに次の瞬間、稲垣のもう一方の手には娘の手が繋がれているのです。
私は走って追いかけ、惨めな格好で妻の足に縋り付いたのですが、見上げるとそれは妻では無くて稲垣で、私を見下ろして不気味に微笑んでいました。



すぐには夢と現実の区別が付かずに、不安な気持ちのまま妻を捜したのですが何処にもいません。
キッチンの椅子に座り込んで考えていると、夢の中で感じた気持ちが本心で有り、夢の中の私が、今の私の本当の姿ではないかと思え、妻は稲垣のアパートに行ったのかも知れないと心配になって玄関まで行った時、妻がドアを開けて入って来ました。


「帰って来たのか。どうせ奴の所に行ってしまい、もう帰って来ないと思ったから、これで楽になれると思っていたのに帰って来たのか?」


「違います。もうあそこには二度と行きません。」


妻が戻って来てほっとしている筈なのに、口からはこの様な言葉しか出て来ませんでした。
やはり私には、妻に縋り付く様な真似は出来そうにも有りません。




「それなら何処に行っていた?」


「すみません。理香に会って、お仕事が忙しいから少しの間会えないと言ってきました。」


私は、また嫌な事を言って妻を虐めたいと思いましたが、妻の言葉には感情が無く、目も虚ろとしていて様子がおかしかったので、何も言わずにキッチンへ行くと、妻も夢遊病者の様に後をついて来て、椅子に座りました。


「上手い事を言って、本当は稲垣の所に行こうと思ったのでは無いのか?何か忘れ物を取りに来たのでは無いのか?お前の言う事は何も信用出来ない。」


「いいえ、本当に理香に会いたかっただけです。勝手な事をして、ごめんなさい。」
妻は、嫌味を言われても泣く様子も無く、焦点の合わない目でテーブルをじっと見ながら、口では謝っていても、やはり言葉に感情が有りません。




「俺の質問に答えるのが嫌で、逃げようと思ったのでは無いのか?」
「いいえ、もう何でもお話します。」


私は『もう』という言葉が気になったのですが、
「それなら訊くが、おまえは稲垣の事が好きになったのか?もう俺の事は嫌いなのか?」


「支店長の事は好きです。でも恋愛感情では有りません。私が愛しているのはあなただけです。」


「意味が分からん。好きだが恋愛感情とは違う?
それなら、どうして抱かれた?
本当に俺を愛していたら、その様な行為はしないだろ?
さっぱり意味が分からない。俺が不審に思っている事に答えてくれ。
もう昔の事だが、そもそも俺が初めての男だったと言うのは本当だったのか?
俺と関係を持つ前に、稲垣とそういう関係は無かったのか?
本当は何か有ったのだろ?」


「はい、あなたと知り合う前にキスまでは有りました。
ベッドで抱き合ってキスはしましたが、それ以上の関係は無かったし、キスをしたのも恋人としての愛情からでは有りません。」




私は、妻の理解不能な話から、妻と稲垣との得体の知れぬ、普通では無い関係を感じていました。
相変わらず妻の言葉には感情が感じられず、魂が抜けてしまったかの様な状態です。


「稲垣との繋がりを、最初から詳しく教えてくれ。俺の知らない智子全てを教えてくれ。」


妻は、ゆっくりと頷いて、淡々と話し出しました。


「あなたもご存知の通り、私の父は酷い暴力を振るっていて、それは母だけに留まらず、私や姉にも及んだ為に、母は離婚を決意しました。
幸い父の実家は、資産家だったらしくて、父の両親は私達と完全に縁を切らそうと、今後、養育費やその他の権利を全て放棄するのを条件に、多額の手切れ金を 払ってくれたので、私達の生活は困らなかったのですが、それまで優しかった母が、寂しさからか、お酒に溺れる様になり、絶えず違った男を家にまで連れて来 る様になりました。
母の連れてくる男達は私や姉を嫌らしい目で見る事が多く、中には胸やお尻を触ってくる男までいて、父の事で男性不信になっていた私は、余計に男性を避ける様に成って行きました。」


妻が短大生の時に母親は病気で亡くなったのは聞いていましたが、まさか母親がその様な状態だったとは知らず、それまで親子3人幸せに暮らしていたと、勝手に思い込んでいました。







妻が私に話した事の無かった、私と知り合う前の話は更に続き、


「母が死んでから姉と2人、寂しいけれど平穏な生活を送っていました。
しかし、私はこのままでは駄目だと思い、男性のお客さんとも接する事が多い、銀行員を希望して就職したのですが、働き出して半年を過ぎた頃に姉が結婚をし て、義理の兄が私達の所に転がり込む形で3人での生活が始まってしまい、私はその義兄の私を見る目がどこか怖くて、慣れない仕事と家庭の両方が辛く、気の 休まる場所は何処にも有りませんでした。
私は義兄と、決して2人だけにはならない様に気を付けていたのですが、ある時姉が私には何も言わずに買物に行き、義兄は鍵も掛けずに油断していた私の部屋に入って来て、私をベッドに押し倒しまいた。
幸い姉が忘れ物をして帰ってきた為に、事無を得ましたが、その後、姉がとった行動は、義兄には怒らずに、私から誘ったと言う義兄の話だけを信じて、その話になる度に私を叩き、私を罵倒する事でした。
私は耐えられなくなって家を飛び出し、向かった先が彼のアパートです。」



妻は、姉が嫌いだと言って全く付き合いが無かったので、それを不思議には思っていても、まさかその様な事が有ったとは考えた事も有りませんでした。
妻が辛い人生を送って来た事を知り、思わず抱きしめたくなりましたが出来ません。
何故なら、妻が向かった先は稲垣の所なのです。


妻の話に引き込まれていた私も、今の支店長という言葉で、妻に裏切られた現実に戻ってしまい、とても抱き締める事は出来ませんでした。
私が何も言わなくても、まるで他人事でも話しているかのように、淡々と話し続ける妻の話によると、




稲 垣は、妻が仕事で分からない事が有ったりした時に、優しく教えてくれる頼りになる先輩で、当時の支店長は女性にも厳しく、ミスなどが有ると顔を真っ赤にし て怒鳴ったそうですが、ただでも男性に恐怖心をもっていた妻が泣きそうになっていると、稲垣は必ず助け舟を出してくれ、後で優しく慰めてくれたそうです。
妻は、稲垣だけは他の男とは違うと思い始め、やがて全幅の信頼を置く様に成っていたので、自然と足は稲垣のアパートに向かったのです。
何処にも行く所の無い妻は、その夜稲垣のアパートに泊めてもらい、次の日からアパートが見つかるまでの一週間は、当時稲垣と婚約していた今の奥さんの所で世話になったそうです。


「その時、稲垣とキスをしたのか?婚約者がいながら、あいつはおまえに迫ったのか?おまえもその様な事をしておきながら、よく奥さんの世話になれたものだな。」


「違います。そんな嫌らしいキスでは有りません。
多少奥様には悪い気もしましたが、罪悪感を持ってしまうと私達の関係が、その様な関係だという事になってしまう。
上手く説明出来ませんが、その様な感情はお互いに無かったです。
父のようで父とも違う、兄のようで兄とも違う、やはり上手く説明出来ません。
ただ、恋愛感情は無かったです。」


満員電車で男と肌が触れてしまうのも嫌だった妻が、稲垣にベッドで抱き締められた時、不思議と男に対する嫌悪感は無く、逆に何故か安心感を強く感じたと言います。
抱き締めながら、
「ごめん。でも決して嫌らしい意味でしているのでは無い。
ただ君を守りたくなってしまう。
大事な妹の様な感覚で、抱き締めたくなってしまった。」


と言いながらキスをして来たそうですが、ただ上手い事を言っているだけで、本当はその気だったのでは無いかと思ってしまいます。
私には、婚約者の事や銀行の事を考えてしまい、その先に進む勇気が無かっただけだと思えるのですが。





妻は稲垣に対して良い印象、良い思い出だけを持ったまま、また同じ支店勤務となってしまいます。
「あなたと結婚してから、偶然また一緒の支店になった時期、私は不妊に悩んでいて、その悩みも聞いてもらい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。他にも色んな相談に乗ってもらったりしました。」


妻が途中押し黙ってしまった事が少し気になり、
「どうして途中で黙ってしまった?その時も何か有ったのか?」


すると、今までとは違って妻の瞳に光が戻り、強い口調で、
「何も有りません。当時の事を思い出していただけです。
周りの人から、会えば挨拶の様に子供は、まだかと言われ、辛かった時の事を思い出してしまっただけです。」


その時の事を言われると、私は何も言えなくなってしまいます。
若さのせいには出来ませんが、当時気持ちに余裕も無く、この事で妻とはよく言い争いもしました。
私自身、友人や同僚に種無しの様な言い方をされたり、無神経な奴には、セックスが下手だからだとまで言われ、私も辛いのだと言って、妻への思い遣りが足りなかったと反省しています。
当時の事を思い出したからなのか、妻は正気に戻ってしまい、
「本当なら離婚されても仕方が無いです。
それだけの事をしてしまいました。
愛しているのに、大事なあなたを裏切ってしまいました。
私からは何も言えない立場だと分かっています。
でも離婚だけは許して下さい。あなたと別れるのは嫌です。」


「上手い事を言って、本当はその逆だろ?自分の歩が悪いままで離婚をしたく無いだけだろ?」




「違います。それだけは信じて。今でもあなたを愛している事だけは信じて。」
私だって信じたいのです。
しかし、信じる事が出来ない事をしたのは妻なのです。
「離婚する事に成ったとしても、このままでは気が収まらない。全てを知らないと、一生俺は立ち直れない気がする。全て聞かせてくれ。」


「はい、必ず話します。話せるようになったら必ず話しますからり、今日はもう許して下さい。」


そう言うと、妻は走って寝室に行ってしまったので後を追うと、妻はベッドにうつ伏せになって泣いていました。
娘の所に行ってから、何処か様子がおかしい事が気になっていた私は、
「どうした?実家で何か有ったのか?」
妻は、すぐには答えずに、暫らく声を出して激しく泣いてから、
「理香に会いたくて行きました。
暫らく会えないと言ったら、理香は泣いて愚図るかも知れないと思い、その時の言い訳まで考えながら行きました。
それなのに理香は・・・・・・・・。」


「理香がどうした?何が有った?」


「理香は『いいよ。』と一言だけ言って、笑いながらお義父さんの所に走って行ってしまいました。
いったい私は、何をしていたのだろう?理香はもう私を必要とはしていない。
母親を必要とはしていない。
理香が生まれた時、この子さえいればもう何もいらないと思ったのに、この子だけは、私の様な辛い思いは絶対にさせないと思っていたのに、結局辛い思いをさせてしまう。
でもこれは全て私がしてしまった事。
私はとんでもない事をしてしまった。
私は今迄、何をしていたのだろう?」





妻は、多少は罪悪感に目覚めたのだと思いましたが、それは娘に対してだけで、私に対しての罪悪感が本当に有るのかどうか、未だに信じきれていない私の怒りは収まっておらず、苦しむ妻に追い討ちを掛ける様に、
「今頃気付いても遅い。おまえは父親を憎んでいるが、同じ事をしたのだぞ。
暴力ではないが、それ以上に俺は傷付いた。
理香もこの事を知れば、一生おまえを怨むぐらい傷付くだろう。
母親に対してもそうだ。色々言っていたが、おまえに言える資格など無い。
おまえの母親は色んな男と付き合ったそうだが、離婚していたから独身だったのだろ?
それに引き換え、おまえは夫が有りながら、他の男に跨って腰を振っていたのだろ?
おまえの両親の事を悪く言いたくは無いが、人を傷つける事が平気な父親と、例え寂しかったとは言っても相手も選ばずに、オチ○チンさえ付いていれば、誰にでも跨って腰を触れる母親。おまえのしていた事は両親と同じだ。いや、それ以下だ。」


ここまで酷く言いたくは無かったのですが、話している内に自分で自分を抑える事が出来なくなってしまいます。
自分の言葉に反応しては、段々とエスカレートして行ってしまいます。



***


妻は、その後一言も話す事無く、泣き疲れて眠ってしまいました。
翌朝目覚めると、妻は朝食の仕度をしていて、味噌汁の良い香りがして来ます。
日本に帰って来てからはホテルの食事以外、店屋物かコンビニの弁当しか食べていなかったので、久し振りの妻の手料理に一瞬喜びましたが、今の妻との関係を考えれば食べる気になれません。


「俺のはいらないぞ。おまえの汚れた手で作られた物など、口に入れる気になれない。
そこのコンビニに行ってパンを買って来い。パンは1個でいいが牛乳も忘れるな。」
妻は、慌ててエプロンを外すと、財布を持って走って出て行きました。
「何だこのパンは?奴はこんなパンが好きなのか?俺の好みも忘れたのか?俺が好きなのは干しぶどうの入ったパンだ。」
別に何のパンでも良かったのですが、一言でも文句を言ってやらないと気が収まりません。
この様な事を続けていては駄目だと思いながらも、止める事が出来ないのです。
この様な事を続けていては、妻が狂ってしまうかも知れないという思いも有りましたが、私の方が既に、精神的におかしくなって来ているのかも知れません。
干しぶどうパンを買って、走って戻ってきた妻に、
「悪い、悪い。タバコを頼むのを忘れた。」
妻は、銘柄も聞かずにまた小走りで出て行くと、私が以前吸っていたタバコを覚えていたので、それを買って来たのですが、私は赴任中に向こうで軽いタバコに変えた為に、日本に帰って来てからも、以前とは違う銘柄の軽い物を吸っていました。




今の状態では、妻はそこまで気付く筈が無いと思っていても、私は嫌味ったらしく残り少ないタバコを持って来て、妻の目の前に置き、
「それも稲垣が吸っていた銘柄か?俺が今吸っているのはこれだ。見ていて知っていると思っていたが、俺の事などもう眼中に無いか?」


「ごめんなさい、気が付きませんでした。すぐに交換して来ます。」


「それでいい。おまえの好きな男と同じタバコを吸ってやる。」


「支店長はタバコを吸いません。」
流石の妻も私の嫌がらせに怒れて来たのか、少し語気を強めて言いました。
しかし私は、それがまた面白く有りません。


「そうか。タバコを吸わない男がおまえのお気に入りか。それは悪かったな。
今時タバコを吸う人間なんて最低だと言っていなかったか?
さすが40代で支店長になれる様なエリート様は、俺の様な人間とは違うな。
おまえが俺を裏切ってでも、一緒になりたい訳だ。」




「そんな事は思っていません。それに支店長と一緒になりたいなんて思っていないです。」


「どうかな?どうせ2人で俺を馬鹿にしていたのだろ?今時タバコを吸っている駄目人間と笑っていたのだろ?」


「いいえ、支店長も以前はヘビースモーカーでした。タバコを吸う人がどうとか、出世がどうとかではなくて、お医者様に止められたので今は吸っていないだけです。」


「俺がタバコを変えた事も気付かないおまえが、流石にあいつの事は何でも知っているのだな。
将来を共にする、愛する旦那様の事は何でも知っているという訳か。」


また僻みの様な、嫌がらせを言ってしまいました。
何を言っても私の気が収まる事は無いのに、私自身、いつまでこの様な事を続けてしまうのだろうと不安になります。




「言い忘れたが、今日、奴の奥さんが来るぞ。」


それを聞いた妻の顔が蒼ざめて行き、
「許して下さい、私は会えないです。典子さんに合わせる顔が有りません。とても会えないです。どうか許して下さい。」


「そうか、典子さんと言うのか。
おまえがしてしまった事の責任ぐらい自分で取れ。
会って謝罪しろ。
奴と再婚したいのなら、ついでに離婚して下さいとお願いしたらどうだ?」


私の嫌がらせも妻の耳には入らない様で、ただ俯いていて、少し体が震えている様にも見えました。



***




昼食に親子丼をとったのですが、妻は箸もつけません。
「どうした?食べろ。」


「典子さんに会うのだけは許して下さい。典子さんには会えないです。」


「子供みたいな事を言うな。
離婚を前提の別居か何か知らないが、今はまだ夫婦だ。
頭の一つも下げられないのか?
もういい、その話は後だ。
折角俺が注文してやった物を食べない積もりか?」
妻は一口食べましたが、また箸を置いてしまいました。


「どうして食べない?
奴の言う事は何でも聞いて、あんな卑猥なパンティーまで穿いていたおまえが、俺の言う事は、おまえの身体を心配して言っている事すら聞こうとしない。
本当なら、俺は稲垣や奥さんに会いたくなければ会わなくても良い立場だ。
それを一緒に居てやろうと思っているのに。
もう分かった。俺は出掛けるから3人で話し合え。」


すると妻は、口いっぱいに頬張り、お茶で流し込む事を繰り返し、時々吐きそうになっています。
「そうだ。残さず全て食べろ。」
空腹も辛いのですが、食欲も無いのに無理やり食べさせられるのも同じ位辛く、一種の拷問ともとれます。
妻を言葉で虐めるだけで無く、身体への虐めを始めた自分が恐ろしくなりました。





夜になって稲垣から電話がかかり、既に途中まで来ていたのか、それから10分ほどで来た奥さんは、小柄で可愛い感じの方なのですが、ここに来る途中も泣いていたのか、目の回りの化粧が落ちていて、折角の可愛い顔が台無しです。


私が妻の待つ座敷に案内すると、部屋の隅でうな垂れて正座している妻を見つけて駆け寄り、前に座って妻の両肩を掴んで揺すり、
「どうして?どうして智子さんなの?どうして?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。」


私があえて止めずにいると稲垣が、
「もう、そのぐらいにしておけ。悪いのは俺だ。」


別居の原因が奥さんの浮気では無いと確信していた私は、私と同じぐらい辛いで有ろう奥さんに対しての、横柄な口の利き方に怒りを覚え、
「悪いのは俺だ?何を格好つけているんだ?まだ女房の気を引きたくて、いい男を演じているのか?


悪いのはおまえだと認めているのなら、おまえ一人で全ての責任を、今すぐにとってもらおうじゃないか。」




「どの様に責任をとらせていただけば良いですか?」


「馬鹿か?責任のとり方も分からないで、偉そうに言うな。泥棒が捕まってから、泥棒は俺だと威張っているのと何も変わらないぞ。」


「すみません。威張っていた訳では。」


「今日はどの様に責任をとって、どの様に償うのか考えて来ただろうな?」


「ご主人の気が済む様に、出来る限りの事は致しますので、どうかご提案頂けないでしょうか?」




「俺に言わせてもいいのか?出来る限りの事をしてくれるのか?
それなら、おまえが何度も何度も汚した女房の身体を、以前のきれいな身体に戻してくれ。
俺の壊れた家庭を元に戻せ。
俺は一生この事を忘れずに、苦しんで生きなければならない。
そんな人生は嫌だから、俺からこの記憶を消してくれ。
時間を単身赴任の前に戻してくれ。」


その時、稲垣の奥さんは声を出して泣き崩れ、妻は私の前に来て畳に額を擦り付けながら、
「あなた、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
しかし私は、そんな妻を無視して、
「おい、何とか言えよ。おれの希望を出来る限り叶えてくれるのだろ?」


「出来ません。どれも出来ないです。どうか私に出来る事にして下さい。お願いします。」


「そうか。それなら現実に出来る事を頼もう。
去勢してくれ。いや、全て取ってしまって、性転換してくれ。
そうすれば過去は消せなくても、今後は少し安心出来るかも知れない。
どうせこの様な事が平気で出来る2人だから、今も謝りながら腹の中では舌を出しているのだろ?
これからも目を盗んで会うのだろ?
おまえが女になれば少しは安心出来る。これなら現実に出来る事だ。」


無理を言っているのは分かっていまが、これは私の本心なのです。








稲垣も妻と同じ様に額を畳につけて、
「すみません。私には出来ません。」


「努力するから何でも言ってくれと言いながら、何もしてくれないのだな。
俺にこれだけの苦しみを与えておきながら、銀行には知られたくない。
性転換も嫌だ。おまえは本当に償う気は有るのか?
おまえは何も失わないじゃないか。」


すると妻が話しに割り込んできて、
「私が悪かったです。あなたを裏切ったのは私です。あなたには私が償います。どの様な償いでもします。あなたの言う事なら何でもします。」
妻の稲垣を庇う様な言葉で更に頭に血が上り、ネクタイを持って来ると妻に投げつけて、
「それなら死んでくれ。おまえと結婚した事が人生最大の汚点だった。
今からでは人生のやり直しは出来ないかも知れないが、過去の汚点だけは消し去りたい。
それで首を吊って死んでくれ。
ただし、おまえの遺体なんて引き取りたくは無いから、誰にも見つからない様な所で死んでくれよ。」


妻は、体に当たってから目の前に落ちたネクタイを見詰めたまま動きません。




「何処で死のうか考えているのか?そうか、俺が無神経だった。
俺が身に着けていた様な物で死にたくないか。
死ぬときぐらいは、愛する人の物で死にたいよな。
稲垣、おまえのベルトを渡してやってくれ。」


それを聞いた妻は、ネクタイを力一杯掴んだのですが、やはり動こうとはしませんでした。


「間違っても車に飛び込む様な真似はするなよ。おまえの様な人の心も持たない人間の為に、見ず知らずの人に迷惑を掛けるなよ。」


当然、妻は出来ないと言ってすぐに許しを請いながら、泣き崩れると思っていたのですが、妻はそのままの状態で動かず、涙は流していても泣き崩れる事も無かったので、私の目論見は狂い、思惑通りに事が進まないことにも腹が立ちました。


何度謝らせても私の心が晴れる事はないのですが、それでも常に謝罪の言葉を聞いていないと不安なのです。
私が次に思いついたのは娘の事でした。




「理香の事は心配するな。おまえの様な女にならない様に、俺がしっかりと育てる。」
すると妻は顔を上げて、縋る様な目で私を見詰め、
「ごめんなさい、出来ません。私には出来ません。
理香を残して死ぬなんて出来ません。
死ねばあなたの顔も見られなくなってしまう。
許してください。他の事なら何でもします。」


「理香?今頃何を言っているのだ?
今迄散々理香を放りっぱなしで、こいつに抱かれて喜んでいたおまえが、理香を残して死ねない?
そんな物ただの言い訳だ。自分が死にたくないだけだ。
それに、あなたの顔が見られなくなる?
それも言うならこいつの顔だろ?
言い間違えたのか?それともお得意のご機嫌取りか?
あなたの言う事なら何でもすると言いながら、死んでくれと言えば死ねないと言う。
本当にお前の言う事はその場凌ぎの嘘ばかりだな。」


その時稲垣が妻に助け舟を出し、
「お願いします。死ねなんて言わないで下さい。お願いします。」


「またまた色男のご登場か?何を偉そうに言わないでくれだ。
それならおまえが代わりに死ねるのか?
死ぬどころか、ちょん切る事すら出来ない奴が格好ばかりつけるな。」


その時、奥さんが一際大きな声で泣き出したので、怖い思いをさせて奥さんまで苦しめていると知り、
「奥さん、すみません。
折角来て頂いたのに、俺の怒りばかりぶつけてしまって。
でも奥さんもこれを見れば、私の怒りを少しは分かって頂けると思います。
おい、死ぬのは許してやるから、奥さんの前に立ってスカートを捲ってみろ。」




妻は、奥さんの近くまでは行ったのですが、その様な事が出切る筈も無く、ただ立ち尽くしています。


「何でもするからと言うので、死んで詫びろと言えばそれは出来ないと言う。
スカートを上げて、お前達のしていた恥ずかしい行為を見てもらえと言っても、それも出来ない。
何でもすると言うのは、いったい何をしてくれると言うのだ?
これも嘘、あれも嘘、嘘、嘘、嘘、おまえが俺に言った事で、本当の事は何も無い。」


すると妻は顔を横に向けて目を閉じ、スカートの裾を持ってゆっくりと上げ始めました。


「もっと上げろ。パンティーが完全に出てしまうまで上げろ。」


私が後ろからパンティーを一気に下ろすと、俯いていた奥さんは顔を上げ、
「智子さん、これは?」
そう言ってから目を逸らすように、また俯いてしまいました。




「稲垣、おまえがやったのだな?おまえが剃ったのだな?」


「・・・・はい・・・・すみませんでした。」


「智子。確かこれは水着を着る為に、自分で剃ったと言っていなかったか?
おまえの人生は嘘ばかりか?
どうせ俺と結婚したのも嘘だったのだろ?
好きでも無いのに嘘で結婚したのか?」


「違います。」


「何が違う?本当は俺と付き合う前、こいつの所に泊まった時から関係が有って、それからも、
ずっと続いていたのではないのか?俺はもう何も信じられなくなった。」
私の言った事が当たっているとすれば、結婚してからも妻にはもう一つの顔が有り、私に見せていた顔が妻の全てだと、ずっと思っていた私は間抜けな道化師だった事になります。







私が話し終わると、ずっと泣いていた奥さんが妻の前に座り、
「智子さん、本当なの?私はずっと気になっていました。
あの時、主人が、昨日は夜遅かったので一晩泊めたと自分から話してくれて堂々としていたし、あなたにも悪びれた様子は無かったので、主人を信じよう、智子さんを信じようと思ったけれど、ずっと私は気になっていた。
あの時からの関係なのですか?
もしもそうなら、私の人生は何だったのだろう。」


「ごめんなさい。典子さん、ごめんなさい。でもあの時は、典子さんを裏切る様な事はしませんでした。それだけは信じて。」


「裏切る様な事はしなかった?
奥さん、こいつらの感覚では、キスはしたがそれは裏切では無いそうだ。
一晩中ベッドに寝て抱き合っていたけれども、裏切った気持ちは無いそうだ。
それに、健康な男と女が狭いベッドで抱き合ってキスしていても、他には何も無かったそうだ。」


奥さんは、また妻の両肩を掴んで揺すりながら、
「嘘だと言って。智子さん、キスもしなかったと言って。
抱き合っていたなんて嘘だと言って。
そうでなければ、あの日からの私の人生全てが無駄に思えてしまう。」




奥さんは紙に包まれた何かを出すと、何も答えずに泣いている妻の目の前で開き、


「これは智子さんの物なの?それだけでも教えて。お願いだからこれを見て。」


妻は一瞬見たものの、すぐに顔を背けて黙っていたので、私が近くに行って見せてもらうと、それは米粒2つ分ほどの、蝶の形をした小さな金属でした。
これは私が3回目の結婚記念日にプレゼントした、イヤリングの先の花の中心に付いていた物です。
妻は、可愛いと言ってよくつけてくれたのですが、片方の蝶を何処かに落として来てしまったので、なんとか修理出来ないか購入店に持って行った覚えが有ります。


「これは妻のイヤリングの先に付いていた物です。これを何処で?」


「バスルームの脱衣場です。
9年前に私の親戚で不幸が有った時に、子供を連れて泊まりで実家に行っていたのですが、帰った日の夜お風呂に入ろうとした時に、脱衣場の隅に光る物を見つけました。
手に取ると蝶の形をしていたので、最初は、子供の玩具の何かかとも思いましたが、玩具でこの様な物が付いている物に心当たりがなく、これは何かアクセサリーの一部だと思いました。
そう思うと悪い方にしか考えは行かずに、ずっと主人に問いただそうと思って大事に持っていたのですが、結局、主人の答えを聞くのが怖くて9年間も聞けずにいました。」




奥さんは今まで稲垣に言えなかった胸の内を、熱く話し出しました。


「私はずっと自分に自信が無かった。
付き合っている頃から、主人が智子さんの話をする度に、心配で仕方がなかった。
智子さんから電話が掛かってきた時や、3人で食事に行った時に、私には見せた事の無い様な主人の笑顔を見る度に、不安で仕方がなかった。
私は可愛くも無いし、プロポーションだって智子さんみたいに良くないし、学校だって高校しか出ていない。
私なんかと、どうして付き合ってくれているのか不思議だった。
どうして一流大学を出たエリートの主人が、私なんかと結婚してくれたのか不思議だった。
一晩一緒にいたと言われた時から、ずっと智子さんの影に脅えていた様な気がします。
でも、主人が私の事をどう思っていようとも、私が主人を愛しているのに変わりは無いのだから、例え主人が私を愛してくれていなかったとしても、一緒に居られればそれでいいと、自分を納得させていました。
主人に何度か女の影を感じた時も、相手が智子さんで無ければ、ただの遊びだから我慢しようと思ってきました。
でも、智子さんだけは、嫌だった。主人や2人の子供達との、幸せな生活を壊される気がして怖かった。」


「典子、そんな事を思いながら・・・・・・・・すまん、許してくれ。」


その時、稲垣は、私の前で初めて涙を見せました。
奥さんは私と違い、ずっと疑っては信じ、信じては疑って長い間苦しんで来たのかも知れません。
私は奥さんの話を聞きながら、9年前を思い出していました。
9年前といえば娘が生まれる前の年で、子供が出来ないで悩んでいた時期です。


私と酷く言い争った翌日の夕方に、妻が会社に電話をかけて来て、少し冷静になりたいので、家に戻らずに銀行から直接友達の家に行って愚痴を聞いてもらうので、帰りが遅くなるのから外で食事を済ませて来て欲しいと言われた事が有りました。




私 も言い過ぎたと反省していて、次の日が休日だった事も有り、一つ返事で快く承諾したのですが、妻は11時を過ぎても帰って来ず、よく考えると妻にその様な 事を話せる友人がいる事も知らなかった上に、当時は携帯も持っておらず連絡の取り様が無かったので、何処に行ってしまったのか心配で、ずっと寝ずに帰りを 待っていました。


結局朝になっても帰って来ずに、私はいつしか眠ってしまいましたが、昼前に目覚めると妻は隣で眠っていて、その後も夕方まで死んだ様に眠り続け、目覚めてから何処に行っていたのか聞くと、友達の家で朝まで悩みを聞いてもらっていたと言いましたが、
今にして思えばその友達とは、稲垣の事で、その時の様子だと、一睡もせずに朝まで愛を確かめ合っていたのだと思います。
悪い事は出来ないもので、おそらく脱衣場でイヤリングを外した時に落としてしまい、これから稲垣と一つになれる事に興奮していたのか、蝶が取れてしまった事にも気付かずにいたのでしょう。


「智子、何か言ったらどうだ?イヤリングを落として来た時も、関係をもったのだな?」


私が妻に問いただしても、妻は何も反論せずにただ泣いている事から、その時にも関係が有った事を確信しました。
何も答えない妻に代わって稲垣が口を開き、
「回数では無いかも知れませんが、その時一晩だけ関係を持ちました。
先に話していた、結婚前に私の所に泊まった時は、本当にキスだけです。
1年前からこの様な関係に成ってしまいましたが、それより前は、本当にその一晩だけです。
申し訳有りませんでした。典子、すまん。」


稲垣の顔付きや話し方から、この事は本当だと感じましたが、散々嘘をついてきた2人です。
まだ何か隠していそうで、全てを信じる事は出来ません。
何より、例え一晩だけだと言っても私を裏切っておきながら、その後何食わぬ顔で生活していた妻に対して、より強い怒りを覚えます。








私は妻と2人だけで話したくなり、
「今後の事ですが、多少でもお互いの夫婦がどうするのか決まっていなければ、話し合いも違って来ると思うのです。
来て頂いていて申し訳ないのですが、妻と2人だけで話してもいいですか?」


すると奥さんは頷いて、
「私も今、主人と2人で話し合いたいと思っていました。」
稲垣夫婦は、そのまま座敷に残り、私達は寝室に行き、
「ずっと俺を騙していたのだな。身体の関係はあの時だけかも知れないが、ずっと繋がっていたのだな?」


「繋がっていた?いえ、そうかも知れません。
結婚してから偶然同じ支店になるまでも、何度か電話で話したりしていました。
同じ支店になってからも、関係を持ったのは1晩だけですが、2人だけで食事に行った事も有ります。
理香が生まれてからは疎遠になって、連絡も取り合っていませんでしたが、支店長として彼が来た時、正直嬉しかったです。」


「あいつとはどの様な関係なんだ?お互い、そんなに好きなら、奴が婚約を破棄してでも結婚すれば良かったんだ。どうして俺と結婚した?」

Last Update : 2008年12月15日 (月) 9:17